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「しずかなところはどこにある?」島塚絵里さんインタビュー 心がざわざわするとき、絵本を開いてみて

フィンランドの児童文学作家から贈られたきつねの物語

――『しずかなところはどこにある?』は、大きな音が苦手でドキドキしてしまう、耳の大きなきつねの絵本。テキスタイルデザインをしてきた島塚さんがなぜ絵本を描くことになったのですか。

 長年“もの”をデザインする仕事をしていて、人生にずっと寄り添ってくれる “もの”って素敵だなあ、と思っていました。8年前に娘が生まれ、寝る前に絵本を読むようになって、子どものときに出会う本も“一生寄り添ってくれる友達のようなもの”だなと。絵本を描きたい思いが大きくなり、出版社に企画を出してみたけれどなかなか進まなかったんです。

 そんなとき児童文学作家のレーッタ・ニエメラさんと出会いました。夏、芸術家が多く暮らす「フィスカルス」という村で私が個展を開いたとき、レーッタさんも原作を書いた人形劇を見に来ていて、私のギャラリーにふらりと入ってきたのです。マツのテキスタイル作品を気に入って購入してくれた彼女とすっかり意気投合して、「いつか一緒に絵本を作れたらいいね」なんておしゃべりしました。

 そうしたら3日後、「絵本のストーリーを思いついたの!」と、このお話のテキストがメールで送られてきてびっくりしました。「きつねは日本の昔話ではよくないイメージがある」と出版社に言われたことを話したので、彼女の中で“やさしいきつねのお話を書きたい”思いがふくらんだみたいで。人形劇を演じたロシア人の友達に「騒がしいと感じるときは、小指を耳に入れるとぴったりだよ」と教わるなど、いくつかのことが結びついてインスピレーションが突然降ってきたのだそう。「こんな素敵なストーリーに絵を描いていいの?」とまるでプレゼントをもらったような喜びでした。

絵本を作るきっかけになった、フィスカルスのギャラリーの展示風景=本人提供

哲学的なストーリー

――主人公は、古いコーヒーポット色の、耳が大きなきつね。フィンランドの“古いコーヒーポット”とは、どんなものなのでしょう?

 ブロンズ(銅)製のでこぼこしたウロコ模様があるポットで、私も一時期持っていました。今もアンティークショップでよく見かけます。昔は、コーヒーの粉をこのポットに直接入れて煮出して飲んでいたようです。

――きつねは深い穴の家から森へ出て、「キノコの傘の下」「すずらんの香り」など意外な場所に“しずかなところ”を見つけます。

 ちょっと哲学的なストーリーですよね。文はシンプルだけど深いので、フィンランド人の夫に言葉のニュアンスを確かめながら、何度も読んでストーリーの理解を深めました。そうして描いた何枚かの絵と文を、レーッタさんと2人でフィンランドの老舗出版社へ持ち込みました。かつてレーッタさんのデビュー作を手がけた編集者が気に入ってくれて「あなたのテキスタイル作品もちりばめたらいいわよ!」と応援してくれて(笑)。彼女たちに見守られながら楽しく描くことができました。

『しずかなところはどこにある?』(岩波書店)より

――絵を、どのような手法で描いたのですか。

 今回はデジタルで描きました。iPadのイラスト制作アプリ「プロクリエイト」で、背景やきつねの目・輪郭などいくつかのレイヤーに分けて描きました。複数のレイヤーを重ねて1枚の絵を構成するスタイルや、色の効果を意識した画面設計に、プリントデザイナーとしての経験が生かされているかなと思います。

きつねが変わらなくていいのがフィンランド

――「思い出の中」や「誰かによんでもらうおはなし」にも“しずけさ”を見つけて、「しずかなところは ぽかぽかの おふろみたいに ほっとする」というきつね。でも穴の中の家にもダンプカーの大きな音は聞こえます。きつねが泣き出すと、壁からミミズが「しずかにしてくれ!」と……。騒音防止のヘッドフォンをつけたミミズがユーモラスですね。

 びっくりして泣くのをやめたきつねは、ミミズをお茶に誘います(笑)。でも「その前にやることがある」と言って穴の上に出ていき、「しずかにしてくれー! 大きな音はもうたくさん!」と叫ぶんです。その後は森にしずけさが戻ってきました。大きな音が苦手な動物たちは他にもいたことがわかりました。

『しずかなところはどこにある?』(岩波書店)より

 訳すにあたり、きつねが叫ぶのが日本の読者には唐突かしらと編集者と話していたとき、ふとフィンランドの「声」と「投票」は同じ単語「ääni(アーニ)」だと気づきました。耳が大きく音が苦手なきつねはマイノリティかもしれないけど、きつねはきつねのまま、まわりが変り、同じ感覚をもつ友達も増えたというストーリーが、意思表示と政治参加が大切にされるフィンランドらしいなぁ……と思いました。

「世界は広い!」と知った13歳の夏

――なぜフィンランドに住むことになったのでしょう。最初にフィンランドに行ったのはいつですか。

 中学2年生でChildren's International Summer Villages(CISV)というアメリカ発祥の国際交流団体の交換ホームステイプログラムに参加したときです。その年は日本とフィンランド、日本とスウェーデンの交換プログラムの年。13~15歳の男女5名ずつが参加するのですが、出発直前に欠員が出たらしく、国際交流のボランティアをしている友人から話を聞いた母が私に「フィンランドに行ってみたい?」と。「行く」と即答しました。

 フィンランドがどんなところかもよく知らないのに「行く」と言ったのは、10歳離れた姉が高校と大学でアメリカへ留学していて、その影響もあり、海外への憧れがあったから。姉も、中学でホームステイをしたので「いつかは自分も……」と心のどこかで思っていたんだと思います。

 英語もほとんど話せなかったのですが、フィンランドの子たちにくっついて歩いて、フィンランド語を覚えながら1カ月過ごしたことが楽しくて。ちょうどその頃、学校で仲間はずれがあるなど、モヤモヤしていた時期でしたが、モヤモヤは一気に吹っ飛び、「世界は広い!」と目の前がパーッとひらけた大きな体験でした。

 1年後にはホストブラザー、ホストシスターたちが日本に来るので、それまでに英語ができるようになりたいと勉強して英語が好きになって……。振り返れば13歳の夏がすべてのスタートでした。

フィンランド語を猛勉強して大学へ。在学中にマリメッコに就職

――再びフィンランドに渡ったのは?

 大学では国際関係を学び、夏休みのバックパッカーのヨーロッパ旅行で13歳のときの友人たちと再会しました。卒業後、英語の教員をしていましたが、もともと美術も好きで「アートの勉強がしたい」という気持ちが消えず……。20代半ばまで模索した末、フィンランドでアートを学ぶことを決心。27歳で現地へ渡り、1年は必死でフィンランド語を勉強しました。現地学生と同じ大学受験でしたが、火事場の馬鹿力か、合格してテキスタイルを学びはじめました。

 マリメッコでアルバイトを始め、店舗の店員からアートワークスタジオの部署に移ってインターンとして働いていたところ、社員を募集していると知って。当時大学3年生でしたが「社員になりたい」と上司に直談判したら面接を受けさせてくれて、採用されました。

――大学生のままマリメッコ社の社員に?

 はい。大学は休学して働きはじめ、永住権も取得しました。途中2年間休職できるシステムを利用して大学に戻り、勉強を続けながら、途中で就職や出産も経験し、院卒業まで10年間大学に在籍しました。大学も働き方もフレキシブルなんです。

 マリメッコでは「テクニカルデザイナー」として働きました。デザイナーと工場の間をつなぐ仕事で、柄のリピートや、インテリア・ファッションの製品のために、サイズや配色を変えたりと、柄作りの基礎を学びました。ただ、公平性を保つため柄そのもののデザインはできないルールでした。

 例外的に、卒業制作は「大学の勉強の一環だからOK」と。卒業制作のためにスケッチしたものの中から、3つの柄がマリメッコの製品として形になったのが、私のプリントデザイナーとしてのデビューです。働きやすくて仲間もいて、やめたくない会社でしたが、フリーにならないと柄のデザインができないことから、すごく迷った末に最終的には独立する道を選びました。

マリメッコの製品となった3つの柄=本人提供

フィンランドと日本、2つの文化

――社会や文化の違いを感じます。

 絵本を作ってみて、フィンランドの絵本は文字が比較的多く、難しい単語も普通に使っていると感じました。本書も「3歳以上向け」ですが「3歳に難しいのでは?」という声が全然聞こえてきません。子どもが理解できないところがあってもそのまま読んであげて「どういうこと?」と聞かれたら説明するのがフィンランドのようです。

 フィンランド語はヒエラルキーがあまりない言語です。英語のheやsheにあたる三人称の代名詞もなく、「hän(ハン、あの人)」という言葉が一種類あるだけ。フィンランド語のフレンドリーでフラットな感じを表現したくて、「きみは見たことあるかい?」というふうな日本語訳にしました。

 訳にあたっては、日本語の語尾や文体、オノマトペの多さもあらためて感じました。「あちこち」の言い方も「あちらこちら」「あっちこっち」といろんな選択肢があって、表現の豊かな言語だなあとしみじみ思いました。

 フィンランドに暮らして17年。娘も生まれ、2つの国の違いやいいところを感じる機会も増えました。フィンランドでは「ネウボラ」といって、妊娠・出産から学齢期まで同じ看護師さんがサポートしてくれるシステムがあります。わが家を担当した方に「お父さんはフィンランド語で、お母さんは日本語で赤ちゃんに話しつづけなさい。そうすると自然とバイリンガルになります」と言われ、そのとおりにしたら自然に娘は2つの言葉を話せるようになりました。眠る前の絵本は、日本語に触れる時間でもあり、親子で日本の絵本が大好きです。実は、絵本の中のきつねの住所のひらがなは、娘が書いてくれています。

――この絵本をどんな人に読んでほしいですか。

 年齢や性別に関係なく、多くの方に読んでいただけたらうれしいです。まわりに合わせて疲れてしまう人や大きな音が苦手な人は、きつねに共感するかもしれません。“しずけさ”は心の中にも外にも、具体的なものから抽象的なものまで色々ありますよね。「しずかなところ探し」は「自分が安らげるところ探し」なのだと思います。心がざわざわするときに、この本を開いて、ゆっくり味わってもらえたらうれしいです。

レーッタさん(左)と島塚さん=本人提供(撮影:Chikako Harada)