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「ほどける骨折り球子」書評 タガ外れるすごさとユーモアと

評者: 野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2024年08月31日
ほどける骨折り球子 著者:長井 短 出版社:河出書房新社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784309032030
発売⽇: 2024/07/16
サイズ: 12.9×18.8cm/208p

「ほどける骨折り球子」 [著]長井短

 ヴィム・ヴェンダース監督の映画「PERFECT DAYS」で、主人公の向こうで弁当を食べてるだけ。なのに、やたらと存在感がある。そんな、私にとって気になる変な女優さんが書いた小説、というので読んでみた。いや、失礼、俳優であることなんか関係なかった。本書には「文藝」に掲載された小説が2本収められている。どちらもみごとな作品だった。
 球子は、「やさしくされる→自分が弱い存在だと思われている→むかつく」という思考回路の持ち主。それが思春期の頃から表に出されることなく、溜(た)め込まれている。夫の勇はだけどやさしくしかできない性格で、やさしくすることの何が球子を傷つけるのか分かっていない。やがてそのひずみが臨界点に達し、球子のタガが外れる。それを受け止めようとする勇も、最後はあれはタガが外れてるな。でもそれはすごいことで、だって、みんな自分にタガをはめて生きてるじゃないですか。とはいえ、球子はやっぱりちょっといかれてるとぼくは思います。
 次はホラー映画で幽霊の吹き替えをするキヌという女性の話。いきなり彼女にだけ幽霊が見えるようになる。妙に気のいい幽霊で、キヌと仲よくしたいのだけど、キヌはまず恐怖で失禁、ついで日常化した幽霊を無視するようになる。ところがキヌは、吹き替えというポジションもまた周囲から無視される存在だと強く感じるようになり、幽霊を無視していた態度を改めるようになる。変な話だなあと思って読んでると、あにはからんや、じわあ、ときますぜ。
 そして、物語もさることながら、文章がいい。会話にもリアリティがあるし、読んでいてストレートに入ってくる文章だけれど単調ではない。ときどきユーモラスな言葉も混ざる。「幽霊って、無視されることに納得してるもんなんですか?」なんて台詞(せりふ)もおかしい。でも、キヌがこれを言うのって、ほんと、いい場面なんですよ。
    ◇
ながい・みじか 1993年生まれ。俳優、作家。舞台や映画など幅広く活動。著書に『私は元気がありません』『内緒にしといて』。