順番が来て図録を開いて渡すと、石川九楊は、筆で一文字書きながら「石です」と言った。続いて「川です」「九です」「楊です」と、声に出しながら、自身の名前を書いた。確かに言われないと読めないが、初めてそんなサインの仕方を見た。少し滑稽な気もしたが驚きがあった。サイン会の列を離れ、しばらくして感動に変わってきた。紙という、人間の住めないペラペラの空間で、文字が生きている。そう感じたからだ。
書といえばアクションペインティングよろしく大きな筆でパフォーマンスする。そんな思い込みがあった、この作品と出会うまでは。網目のように文字が一枚の紙を埋め尽くしている。コンピュータの回路に見える。暗号化されたデータのようでもある。本書の拡大ページを見ると、文字と文字の精緻(せいち)な連携ぶりに息をのむ。派手なアクションの出番はないが、一文字でも取り除いたら崩れるのではと思えるほどの均衡が作品を支えている。一体どうやって書いたのか。気になるが、見世物(みせもの)じゃないし、書き終えてからが本番だ。本書をめくるだけでいい。言葉が生命を持っているのがわかる。
群れず、ない道を一人で作って進んだ。規範を崩して、遠慮なく、自分の世界を紙に刻んできた。79歳の今も冒険は続く。目的地はない。遠くまで行くんだ、そんな彼の作品に〈読者〉は励まされてきた。=朝日新聞2024年9月7日掲載