- 『朝鮮民衆の社会史 現代韓国の源流を探る』 趙景達(チョキョンダル)著 岩波新書 1232円
- 『消費者と日本経済の歴史』 満薗勇(みつぞのいさむ)著 中公新書 968円
偉人英雄だけではない、いや名も無き普通の人びとこそが歴史の主人公だ、そう気づかせてくれる2冊を紹介したい。朝鮮近代史の大家による(1)は、19世紀を中心に、村人の信仰や祭礼、婚姻や労働からみた女性の生き方、奴婢(ぬひ)や芸能民、行商人、義賊など周縁的人々の世界を豊かに描き出し、民衆運動から近代化のありかたを見通す。韓国は儒教社会といわれる半面、民衆世界には巫俗(ふぞく)(シャーマニズム)や仏教などの信仰が根づいており、「恨(ハン)の文化」、豊かな感情表現を生んだ。韓国社会への歴史的理解が深まる一冊。韓流ドラマ好きにもお薦めしたい。
「民衆」という普遍的な概念によって、知られざる多様な人びとを掬(すく)い上げた(1)に対して、「消費者」「生活者」「お客様」という特定の時期に盛んに使用されるようになる言葉を巧みに捉え、戦後日本の消費者の歴史を叙述したのが、気鋭の経済史家による(2)。堤清二らキーパーソンに着目しながら、生産・流通に関わる企業やメディアが、消費の主体である名も無き人びととどのような関係を構築してきたのかが軸となる。1970年代の消費者運動は資本主義の根源的批判に向かったが、企業側がそれに対応することで登場した「お客様」という理念は、平成の長期経済停滞のもとで顧客満足の追求と消費者責任の不可視化、生きづらさをもたらした。消費者の歴史をたどることで「今」の問題の本質を浮き彫りにする。平成をも対象とした歴史研究の最先端である。=朝日新聞2024年9月14日掲載