- 『ロシア政治』 鳥飼将雅(まさとも)著 中公新書 1375円
- 『アラン 戦争と幸福の哲学』 田中祐理子著 ちくま新書 1012円
愛されるより恐れられよ――『君主論』でマキャヴェリが説いたリーダー像だが、昨今の事情は違うようだ。(1)は、ロシア政治への偏見まじりの俗説を否定し、なぜ今日のプーチン体制が成り立っているかを重厚に描く。日本でのイメージとは異なって、「愛される独裁者」プーチンの支持率は高い。ソ連崩壊後の混乱を収束させ、経済成長をもたらし、大国としての誇りを復活させたからだ。民主政が発展していると思うロシア市民も多い。その権威主義体制は、地方行政の掌握、「法による支配」、中間層の支持といった歴史的、制度的要因の結果である。多地域に及ぶフィールドワークと膨大なデータに裏打ちされた、比較政治学の傑作だ。
では、戦争に向き合う私たち市民はどう振る舞うべきなのか。そのヒントをくれるのが、戦争をテーマに『幸福論』の哲学者アランを描く、(2)だ。涙を誘うような著者の美しい文体が、アランの魅力を十二分に伝える。自ら積極的に第1次世界大戦に従軍し、虫けらのように遇され殺された教え子たちを想(おも)い、人間として思考を続けようとするアラン。空っぽの言葉を繰り返し聞かされることで人々が独裁者にコントロールされるさまに彼は反発し、市民たる威厳を保とうと晩年までもがき続けた。「人々が戦争のことを考えるためには、もう一度の戦争が必要だというかのようだ」という1937年の彼の一文は、敗戦からまもなく80年を迎える私たちにとって、あまりにも重い。=朝日新聞2025年7月5日掲載
