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文芸評論家・三宅香帆さん×「フライヤー」代表・大賀康史さん対談 「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」から「働きながら本が読める社会」へ

大賀康史さん(左)と三宅香帆さん=種子貴之撮影

「ノイズ」を排除する時代

――長時間労働だけが本が読めなくなった理由ではない、という指摘が新鮮でした。

三宅:調べてみると、労働者の年間労働時間は1960年に2426時間だったものが、2020年には1685時間と3割以上減っていました(厚生労働省「毎月勤労統計調査」)。もちろんここには派遣社員や時短勤務の社員が増えたなどの背景がありますので、一概に労働時間が短縮されたとは言えません。でも、基本的には「最近の労働時間は昔より減っている」と感じる方は多いのではないでしょうか。しかし実際は、高度成長期に比べ総労働時間が減っているように見えても、実際にはメールチェックだったり、SNSの更新だったり、余暇における仕事に関連した時間は増えていると感じています。私自身が会社で働いていたときも、本を読む余裕はありませんでした。

 私たちと同世代の主人公を描いた映画「花束みたいな恋をした」(監督・土井裕泰、脚本・坂元裕二)で、主人公の山音麦(菅田将暉)が会社の仕事が忙しくなっていくなかでそれまで好きだった本もマンガも読まなくなり、スマホのゲームしかやる気がしないという描写があります。友人たちはみんな「麦くんは自分だ」と言っていました。これほど仕事によって恋愛や文化的な時間が奪われてしまうことに向き合っているフィクションは初めてではないかと感じ、私も感動と共感を抱きましたね。

――疲れていると「パズドラ」しかできなくなるんですね。

三宅:詳しくは『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』に記載しましたが、「パズドラ」と「本」の一番の違いは、「ノイズ」があるかどうかではないか、という結論を出しました。ノイズとは意図しないものとの出会い、自分が知りたい情報の周辺に存在する歴史や文脈のこと。私自身はノイズがある小説が好きですが、忙しくなると、たとえば何度も読んだことのあるマンガばかり読んじゃうんですよ。それしか読めない精神状態になってしまうんです。

 ノイズという観点でいうと、「今の時代に売れる本を作りたい」と思った作者が、読者の求めているものと、読者の期待から逸れるけれど面白いと思えるものをどのようなバランスで出すのか。それが今のエンタメ全体の課題ではないでしょうか。たとえば本屋大賞の受賞作などは、うまく読者にとってノイズとなる場面――期待を裏切るキャラクターや台詞――を入れ込みつつ、読者の期待にも応えるエンタメをつくっているなあ、という印象です。

 小説や人文書などに比べ、ビジネス書や自己啓発本の多くは、できるだけノイズを排除することで、読者が欲しい「情報」を簡潔にわかりやすく提示し、読者の期待に応えている。それが疲弊したサラリーマンにも手に取ってもらえる秘訣なのではないか、と私自身は考えています。

――「麦くん」は小説やマンガは読めなくなってもビジネス書は手に取りますね。

三宅:麦くんは毎日疲れているなかでも、ビジネスマンとして成長しようとしていますよね。それゆえにできるだけノイズを除去した、自己成長のための行動を教えてくれる本を手に取る。それは社会を生き抜くための、当然の選択ではないかと私は感じます。サバイバルして自己啓発書を読んで社会で生き残らなきゃ、という感覚は、格差社会が広がるなかで、若者たちが向かった必然的な方向性なのだと思います。

三宅香帆さん=種子貴之撮影

「タイパ」を超えて

――ビジネス書も多様で、時代に応じて変わってきました。

大賀:経営の世界でマーケティングを個々の人に合わせてやっていこうとか、多様性を重視しましょうという流れがあるように、ビジネス書も読者一人ひとりの悩みに寄り添った本が注目されていると感じています。

 flierにはビジネス・教養書を中心とした要約が約3700冊分あり、いまも増えています。「タイムパフォーマンス(タイパ)」というと、映画を早送りで観るような、長く時間がかかるものを短くするという文脈で語られますが、flierは時間を豊かに過ごすという意味でのタイパへ橋渡しをするサービスと考えています。約4000字の要約を読むのに約10分かかります。その時間も貴重なので、本の概要がしっかり理解でき、楽しめる時間を提供しなければならない。そして要約を読んでいくなかで「この本についてもっと詳しく知りたい」と思うと、本を手にとって読むようになり、長く豊かな時間のタイパの方に引き寄せられていきます。私自身も、本を選ぶときに著者が言っていることをまず知りたいと思っています。

――書評を軸とした読書サイトである「好書好日」にとっては、耳が痛い話です。

三宅:書評で本に出会う方はいまもいるので、新たなチャンネルができるのはいいことですね。例えばTikTokなどで小説の紹介をしているけんごさんがきっかけで本に出会った方が、本当にたくさんいる。私も含め、年齢を重ねると新しいものに抵抗感を覚える人もいるでしょうが、書評と要約は共存できるものではないでしょうか。もちろん、要約だけで終わらせずに実際に本を手に取る入り口になるような工夫はあってほしいな、と感じますが。

大賀:現代で何の時間が増えたかといえば、明らかにスマホをさわっている時間です。あらゆる世代の人がスマホと過ごすようになってきているので、本との出会いも持ち歩いている端末で可能になれば広がりがでます。時間の過ごし方に合わせた伝えかたがあると思うし、新たな本との出会い方があるはずです。

大賀康史さん=種子貴之撮影

読書体験の共有が刺激に

三宅:30歳前後の私の同世代やさらに若い世代と接していると、日常的に本を読む人は減っているな、と感じています。マンガや本を「自分で選ばなければならない」のがそもそもストレスに感じる人もいる。TiktokやYouTubeはアルゴリズムが自動的に自分好みのものを教えてくれるので。それにフィクションで全然違う物語に没入するより、SNSやLINE、Instagramで、自分の話をして、友だちの話をして、周囲の人間関係の話をしている方が、心地よいという人が増えているのかなと思います。あくまで肌感覚ですが、虚構の物語への需要が減っているのでは、と。でも、たとえば映画はSNSをうまく取り込んで、友だちと見に行くという動機づけをした映画を作って成功していますよね。読書がどうSNSや人間関係にアプローチしていくかは今後の大きな課題だと思います。

大賀:小説よりもさらにビジネス書は他人と読んだことを共有しない傾向がありますね。感覚としては、勉強できる人がテスト前に「おれ、全然勉強してないよ」というコソ勉の感覚に近い。それを見える化しようと、flierで「学びメモ」という機能を作りました。要約や書籍を読んで気づいたことや学んだことをメモにし、それを利用者同士がシェアする。他の人が書いたメモによって新たな気づきを得ることもあるし、周りの人がけっこう読んでるんだということが読書のモチベーションにもなります。

 また「flier book labo」という読書を通じたオンラインコミュニティーがあります。本は独りで読むものであるだけでなく、人と人を結び付けるものとして働いたときにすごいシナジーが生まれます。同じ本を読んでいたというだけで盛り上がるんです。

 本や要約を使う読書会は、できるかぎりカジュアルに自分の体験や自分の解釈を話すことを増やすことを目指しています。正解を求めるのではなく、この本を読んで、こういう風に生きていきたいとか、こういうところに刺激を受けたとか、それぞれの体験に根づいた意見を大切にしています。

三宅香帆さん=種子貴之撮影

仕事以外の文脈を持つ

――三宅さんは働きながら本を読むために「半身社会」を提案していますね。

三宅:2000年代以降、自分の個性を活かした職業選択をし、仕事で好きなことをして自己実現を果たすこと……それが理想の生き方だという言説が広まりました。私はこれを、仕事への過剰な意味づけが始まったのだと思っています。なので、そろそろこの言説に対抗するべきではないか、と。そういう意味で、みんなが「半身」で仕事をする社会、を『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』では提案しました。「仕事に全身全霊にならない」というとすごくざっくりした言い方になります、個人個人が仕事以外の文脈を持って、それを充実させることも人生において重要ではないか、と考えています。具体的には、たとえば読書会など、趣味の友達とつながる時間を2カ月に一度でいいから作ってみるとか。仕事以外の文脈を持つ時間を確保してみることが、いろんなことに興味を持つきっかけになるはずです。

大賀:三宅さんがおっしゃる通りです。一つのことに完璧に依存してしまうと打たれ弱くなってしまうので、いろいろな引き出し、時間の過ごし方を持っておくことはきわめて大事だと思います。読書をするとセロトニンやエンドルフィンといったホルモンが増え、ストレスの低減に効果があるそうです。現代はスマホの通知などを含めて24時間刺激にさらされています。そういうものから離れて、何かに没入するという時間をしっかりとっていく。健康的に働くためにも必要だと思っているので、刺激から離れて没入できるものを持つのは大事ですね。

――本は不思議なメディアで、紙の上のインクの染みが、脳内で再生されることで物語になっていく。読み手の力も問われますね。

大賀:いや、私は本の読み方は自由でいいと思っています。一冊ずつ著者と対話するように読むことも大切だけれど、本を読む主体は読者。自由に読んでいい。このキーワードに出会えて良かったという本もあれば、流し読みのようにコンセプトをつかむことに意味があるものもあります。

 小説は一字一句冒頭から読むのが正しいかもしれませんが。それはすべての本に適用するとは思いません。最初から完読を目指すのではなく、自分の気になるところ、読みたいところを読み、興味があったらその前後を読むとか。もっと自由に読んでいいと思います。

大賀康史さん(左)と三宅香帆さん=種子貴之撮影