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伊藤亜和「存在の耐えられない愛おしさ」インタビュー 私だけではもったいない

伊藤亜和さん

 マッチングアプリで出会った男性に告白された夜のことや、イスラム教徒の父の前で素知らぬふりして食べた豚肉の味……。22編のエッセーには、半径数メートル以内の私的な出来事が並ぶ。赤裸々に書くことにためらいはない。

 「私だけがこの人たちのことを知っているのはもったいない。世の中にはこんなに面白い人がいるんだぞというのと、自分のことを知ってほしいという思いが半々ですね」

 セネガル人の父と日本人の母との間に生まれた。友達が少なく「完全に孤立した」という高校生のころ、インターネットにのめり込んだ。匿名掲示板「2ちゃんねる」で「ハーフだけど質問ある?」と問いかけ、見知らぬ相手から罵詈(ばり)雑言を浴びた。ツイッター(現在のX)でも同じ目に。でも、とげとげしい言葉は返さない。

 「見た目は私のせいじゃないし、相手が間違ってるから全然傷つかない。その人は一時的にうまくいかない状態だったのかなぁ。心がすさむと嫌だろうから、そっと『ファボ(いいね)』を押します」

 18歳のころ、父と大げんかになった。短気な父の機嫌をうかがってコソコソ生きるのに嫌気が差し、わざと悪態をついた。すると頭にチョップを受けた。ドロップキックで応じたが、平手打ちされた。一昨年、その話を投稿サイト「note」に書くと、ツイッターで広まった。

 ネットに積み上げた文章がSNSで話題になって本になり、版を重ねる。noteを知らなかった人から「自由に書いている」「読んでよかった」との感想も届いた。コラムニストのジェーン・スーさんは巻末で「縦横無尽に書ける人」と評価する。

 「ありがたいけど、まだ広がってる実感がなくて。でも誰かが自分のことを考えてくれる時間が好き。もっと騒がれたい」。書店では遠巻きに売れ行きをうかがっている。

 つかこうへいの演劇「売春捜査官」やドラマ「半沢直樹」といった会話劇を好み、小説や脚本の執筆にも憧れる。

 「いつか明るい物語を書きたい。陰にいる人を置いてきぼりにしない話を」(文・伊藤宏樹 写真・関口聡)=朝日新聞2024年10月5日掲載