ISBN: 9784000616515
発売⽇: 2024/08/23
サイズ: 2.7×21cm/352p
「ケストナーの戦争日記」 [著]エーリヒ・ケストナー
ケストナーと言えば『エーミールと探偵たち』をはじめとする児童文学の泰斗。実に新鮮で機知に富んだ会話の織りなす世界にワクワクした少年期の記憶が懐かしい。そのケストナーが、あの戦時期にドイツに残り、青い表紙の束見本(つかみほん)にひそかに書いた日記(1941、43、45年)が公刊された。少年期のドキドキがよみがえるかと思ったが、趣は異なる。無論、ケストナー特有のシニカルな物言いは変わらない。でも戦争が過酷になるにつれ、ケストナーは自らの周辺から入るあらゆる情報を書き留め、自身の空襲体験を赤裸々につづっていく。
「意図して、また意図せずに忘却され、改変され、解釈され、また再解釈されてしまう前に」書き残すと、ケストナーは高らかに日記冒頭で宣言したが、パノラマ状に広がる世界を果たしてそう書けたのであろうか。41年は、日常生活が脅かされることが少なく、彼も余裕ある態度で日記を淡々とつける。43年は、ユダヤ人排斥に疑問を感じ、空襲による生活の激変が戦争情報の摂取とともに彼を苛立(いらだ)たせる。
何と言っても圧巻は、分量も多い45年である。空襲と戦争の日常生活への圧迫が常態化する様が手に取るようによくわかる。そして5月のドイツ降伏の後、ケストナーはこう述べる。「地上最強の三大国がナチを打倒するために六年を費やした。それでいて、反ナチだったドイツ人に対して、ナチに目をつぶっていたと非難するとは!」。悲痛の叫びそのものだ。戦後は、敗走するドイツ軍人、ナチ関係者、勝者のソ連軍、アメリカ軍など、敵味方入り乱れてのさらなる秩序破壊と混乱の様が描かれる。
読み終えて、古川ロッパの戦争日記が頭に浮かんだ。いやロッパよりもケストナーの描写は複層的であり、正体を決して悟られまいとする意思は強固であった。果たしてケストナーは日記を通じて自分をも納得させ得たのか否か。
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Erich Kästner 1899年生まれのドイツの児童文学作家。代表作に『飛ぶ教室』など。1960年に国際アンデルセン賞、74年死去。