今年の野間文芸賞が中村文則さんの「列」(講談社)に決まった。奇妙な列に、理由もわからず並び続ける男の姿を描いた、現代の寓話(ぐうわ)とも言える中編。中村さんは5日の受賞会見で、「短いのに2年半をかけた小説。報われた思いです」と喜びを語った。
「列」は不条理なシチュエーションに始まる。ある男が列に並んでいる。先頭に何があるのかわからず、最後尾も見えない。誰もが一歩でも前に進もうといらつき、人を出し抜こうとしたり、隣の列に移ろうとしたりする。カフカや安部公房を思わせる作風だ。
「シチュエーションそのもので、人間とは何かを描くような小説に憧れがあって、ずっと書きたかった。キャリア20年を超えた今なら書けるという思いもありました」
SNSの普及などで人々がお互いを比べ合い、息苦しさが増している現代社会の様相を浮かび上がらせる。ただ、絶望を描いたわけではない。作中では、列のそばの地面に「楽しくあれ」と書かれた場面がしばしば出てくる。「読者が少し楽になるような」思いをこめた言葉だ。
「大江健三郎さんがイエーツの詩から引用したリジョイス(喜びを抱け)という言葉を使われていた。意識はしていなかったのですが、あの言葉は僕なりのリジョイスだったのかと、書きながら気づいた」
中村さんは大江が1人で選考を務めた文学賞を2010年に受けている。受賞作「掏摸(スリ)」は英訳され、海外の文学賞の候補にもなった。本作執筆中の23年、大江は亡くなる。
「こういう年齢になってくると、自分のことプラス文学の世界全体を盛り上げたい。大江さんらが築き上げたものを受け止めて、自分なりに出版界を盛り上げていけたらなという思いを強くしました」(野波健祐)=朝日新聞2024年11月13日掲載