ISBN: 9784003123515
発売⽇: 2024/08/16
サイズ: 2×14.8cm/484p
「詩集 いのちの芽」 [編]大江満雄
「幻の詩集」がようやく私たちの手に届いた。刊行は1953年のこと。原題に「日本ライ・ニューエイジ詩集」と冠した本詩集には全国八つのハンセン病療養所から73名が参加、227篇(へん)の詩を収める。
なぜ「ニューエイジ」なのか。「ライ=癩」(現在の「ハンセン病」)を編者の大江は希望の言葉に読み替えた。それが「来者(らいしゃ)」つまり「来るべき者(ニューエイジ)」にほかならない。編者には、戦前と一線を画するため、寄稿者たちを「患者」である以前に、多様な教養や感性を備えたひとりの人間として尊重する必要があった。具体的には、社会的偏見に晒(さら)されるのを恐れて秘してきた作者の「略歴」をできるだけ詳細に載せたのだ。
浮上したのは、本詩集が戦後まもない時期に出た見逃せぬ意義のひとつ、各人が「戦争」の時期をどのように過ごし、捉えたかという側面であった。戦争は科学技術が持つ負の最たるものだが「科学」は患者たちに病からの回復という希望ももたらした。日本国憲法による基本的人権の尊重も見逃せない。
略歴はまた、五官に障害を持つ患者たちが詩を書くにあたり、ときに失われた感覚を支える協力者が存在したこともあきらかにした。たとえば「盲目になった人の口述を、だれかが写す」というように。ここには、孤独な作業と思われがちな詩作に、複数の人間が加わる「来(きた)るべき」文学の可能性が示されている。巻末の解説に照らせば、これらは「ライ園文化というようないい気な呼び声」を退け、真っ向から「文学の問題を追求」している。その根源性は刊行から71年を経てなお変わらない。
入所者、山村昇によるカバー絵に加え、画家井上長三郎の意見をもとに選ばれたカットも見逃せない。春の到来を思わせるつくし、中指を欠損した掌(てのひら)、包帯を巻き車椅子に乗る人物の横顔には、文芸の「挿絵」以上のものが確かにある。
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おおえ・みつお 1906年生まれ。詩人。プロレタリア詩運動や戦争詩でも知られる。ハンセン病患者と長年交流を続けた。