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「楽園の夕べ」 人生から紡ぐ色とりどりの物語 朝日新聞書評から 

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2024年12月07日
楽園の夕べ ルシア・ベルリン作品集 著者:ルシア・ベルリン 出版社:講談社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784065332290
発売⽇: 2024/09/26
サイズ: 13.6×19.2cm/392p

「楽園の夕べ」

 公園のベンチに座っていると、いつの間にか横にいた見知らぬおばさんが、来し方をつらつら語り出す。鉱山技師の父を持ち、転居の多かった子ども時代。チリやメキシコでのカラフルな暮らし。思い出し思い出し語られる、人生の断片。
 私はあっという間に引き込まれる。かなり独創的なエピソードもあるけれど、本当にあった出来事とは往々にしてそういうものだ。彼女の紡ぐストーリーに陶然となり、感受性に親近感を覚え、話しぶりに魅了される。笑わせようとはしていないのに、温かな可笑(おか)しみがあるところも好きだ。
 片想(かたおも)いしているみたいに、私は彼女に夢中だ。だってこれだけ人生を明かしておきながら、何も摑(つか)ませてくれないのだ。話すだけ話したら、とてもクールに「それじゃあ」と、あっさり立ち去ってしまう。毎回そう。
 二〇一九年に初訳され静かなロングセラーとなったルシア・ベルリンの三冊目の短編集。舞台となる土地も、年代もまちまちの全二十二編が、色とりどりの金平糖のようにぎゅっと詰まる。
 たとえば「旅程表」という作品では、彼女は初めて一人で飛行機に乗って旅をする。マイアミで再会した伯母さんの巨体に抱きしめられながら、泣きそうなのをこらえる若い娘だ。「リード通り、アルバカーキ」では美術科の学生カップルたちが、徴兵逃れのために次々と赤ちゃんを産む。「雨の日」では、アルコールの問題を抱えた荒くれ者が顔をのぞかせる。
 いずれも著者の実人生から生まれたストーリー。自伝のように小説を紡ぐオートフィクションという手法で、生涯に七十六の短編を書いた。
 あとがきによると、メモワール(回想録)での筆致は思いがけず硬く、こわばっているらしい。
 もしかすると彼女は、咀嚼(そしゃく)しきれない過去を「物語」に書くことで、自己を癒やし、克服しようとしていたのかもしれない。そう思うと、合点がいくところがある。
    ◇
Lucia Berlin 1936~2004。米アラスカ生まれ。4人の息子をシングルマザーとして育てながら、掃除婦、看護助手などをして働く。77年、作家デビュー。邦訳に『掃除婦のための手引き書』『すべての月、すべての年』。