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「死とは何か」書評 死生観から国内外の宗教を知る

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2025年01月18日
死とは何か-宗教が挑んできた人生最後の謎 (中公新書 2827) 著者:中村 圭志 出版社:中央公論新社 ジャンル:人文・思想

ISBN: 9784121028273
発売⽇: 2024/10/21
サイズ: 1.5×17.3cm/320p

「死とは何か」 [著]中村圭志

 超高齢化社会のいま、老いや死に向き合う本が売れているようだ。「希望へいざなう『死の練習』帳」と帯に記された本書もまた、いつか来る死に対する心の準備を促してくれるだろう。そう思って読み始めるなら、おそらく裏切られる。古今東西の宗教が示す来世のありようを扱いながらも、それはあくまで「創作物」「文芸」だとして、ドライに記述しているからだ。
 しかし死生観を軸にした宗教ガイドブックとしては学ぶところが多い。六道輪廻(ろくどうりんね)って実際はどうなの、煉獄(れんごく)って地獄より怖いの、などという評者のような宗教オンチには最適の1冊だ。各宗教の来歴を駆け足でたどることができる。
 ユダヤ教の経典である旧約聖書には天国も地獄も書かれていない。イスラエル民族が希求するのが、あくまで現世での繁栄だったからだ。しかし実際の彼らはひどい目にあっている。それを覆してくれるのは未来に現れる救世主しかいないと考えられるようになった。著者によれば「ほとんどやぶれかぶれの希望の神話」である。仏教で極楽往生のため、阿弥陀を心に思い浮かべる観仏や念仏は、いわば「イメージトレーニング」。軽妙な表現が理解を助ける。
 思い知らされるのが、来世にまつわる物語がいかに多くの変遷をたどり、その時々の人間の行動をしばってきたかだ。仏教の地獄の「最終的完成品」だという八大地獄の生々しさには、脅して悪行を戒める狙いが色濃く出ている。宗教は人々に寄り添うものというより、治安維持の仕組みのようだ。
 となると、現代にふさわしい「来世の物語」だってありうるはずだ。従来の宗教をヒントにしながら、各自がわりあい自由に構想できるかもしれない。著者があげる「死=自然への帰還」の考え方は一つの例だろう。そんなことを思うと、「死の練習帳」の宣伝文句も、あながち的外れとはいえない気がしてくる。
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なかむら・けいし 1958年生まれ。宗教研究者、翻訳家。昭和女子大非常勤講師。著書『宗教図像学入門』など。