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ホラーブームの最先端に触れる 怖がらせるテクニック、アイデア追求した3冊

巧みな語りと構成が光る意欲作

 澤村伊智『頭の大きな毛のないコウモリ 澤村伊智異形短編集』(光文社)は、現代のホラーシーンを牽引する人気作家が、アンソロジー「異形コレクション」シリーズなどに発表した短編に、書き下ろしを加えた短編集。収録作はいずれも技巧が凝らされた逸品ぞろいで、満足度の高い一冊になっている。

 巻頭の「禍 または2010年代の恐怖映画」は、ホラー映画の撮影現場を舞台にした作品だ。“ホラー映画の撮影中に超常現象が起きる”という設定の低予算映画に参加することになったフリー映像編集者の目を通して、虚構と現実がシンクロし、恐ろしい破局が訪れるさまが迫真の筆致で描かれている。この短編を筆頭に、虚実のあわいに生まれる恐怖を扱っているのが本書の特徴で、「縊 または或るバスツアーにまつわる五つの怪談」ではアイドルのバスツアーで起こった怪異が、関係者5人の口から語られていく。それぞれ微妙に食い違う証言を並べることで、“藪の中”的恐怖を表現してみせた意欲作だ。表題作では保育園の連絡ノートに綴られた文章から、ある家庭で進行しているらしい異様な事件が浮かんでくる。どこかユーモラスな響きをもつタイトルが、読了後は不気味なものにしか思えなくなるから不思議。

 ここまで紹介してきた例からも分かるように、澤村は怖い話をどう語り、どう伝えるかに極めて意識的な作家だ。その好例が「狸 または怪談という名の作り話」。ここでは作り話としか思えないエピソードが、想像力の中で“実話”に転じる一瞬が鮮やかにすくいとられる。巻末には長めの「自作解説」を収めるが、ここにも読者をぎょっとさせる仕掛けが用意されており油断できない。モキュメンタリーや実話怪談が流行する現代において、フィクションならではの怖さを追求する澤村の存在は頼もしくもある。

“得体の知れなさ”が癖になるご近所ホラー

 令和のホラー作品に共通しているのは、対象がはっきりしない、ぼんやりとした怖さだ。こうした感覚が顕著に表れているのが、寝舟はやせ『入居条件:隣に住んでる友人と必ず仲良くしてください』(KADOKAWA)。

 母親との関係に悩み、人生に絶望していた主人公・高良は、「今すぐ人生がどうなってもいい人募集中! 月給一五万~ ※住み込み必須」という看板を見かけ、10階建てのマンションの住人となる。明かりがつかないフロア、一人で乗っても重量ブザーが鳴るエレベーター、髪の毛が入っているポスト。マンション内で起こるそうした現象の数々は、どうやら高良の隣人のせいらしい。

 何人もの前任者が逃げ出している怪奇マンションに住み続け、7階の住人と友達になるのが高良に与えられた仕事。ベランダの仕切り板越しにちらりと覗く姿は、どう見ても人間ではないのだが、高良はその異形の隣人に少しずつ親しみを覚えるようになる。マンションで相次いで起こる怪異を、隣人が楽しげに語る不気味な怪談を織りこみながら描いたご近所ホラーだ。

 お化けと友達になるという展開はややもするとファンタジーに傾きがちだが、物語は最後までぴんと張り詰めた緊張感を失わない。奇妙な居心地の良さと得体の知れない怖さが共存した、魅力ある長編だ。

実験的アイデアを盛りこんだ進化形

 3冊目は令和ホラーの最先端を。梨『ここにひとつの□がある』(角川ホラー文庫)は、ネット上や書籍で実験的なホラーを多数発表してきた梨の連作短編集。

 冒頭の数編はあえてモキュメンタリー風の仕掛けを封印し、語りとストーリーで読ませる純度の高い怪奇小説だ。「邪魔」は久しぶりに故郷の町に帰った主人公が、幼なじみである年上の女性・彩香に出会い、彼女の家に招かれる。彩香は妹の衣里が車に轢かれて死亡したと話すのだが、その内容には明らかにおかしなところがあった。「カシル様専用」はフリマアプリの専用出品(特定の相手に向けて商品を出品すること)という現代的なモチーフを用いた都市伝説もの。ネット空間のやり取りが現実を侵食してくる怖さが、切れ味鋭く描かれる。記憶の錯誤や日常のちょっとした違和感から、恐怖と幻想を汲み出す確かな手つきに、この作者の新たな魅力を発見した気がした。

 一方でテスト用紙を模した「練習問題」、クロスワードパズル形式の「穴埋め作業」など中盤以降の作品では、ギミックを凝らした唯一無二の梨ホラーが堪能できる。それぞれ箱をモチーフにした各編は、最終章の「箱庭」でひとつに繋がり、新たな意味をもって読者の前に現れてくる。現代的な考察系ホラーが好きな人も、そうでない人も楽しめるバランスのいい短編集だ。

 鈴木光司の『リング』や貴志祐介の『黒い家』などの有名作は読んでいても、最近のホラーは何を読んだらいいのか分からない、という人も多いはず。そんな人はこの3冊から読んでみてはいかがだろうか。伝統を受け継ぎつつ進化を続ける、令和ホラーの面白さにぜひ触れてみてほしい。