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「編むことは力」書評 女性たちの心の声が聞こえる

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2025年02月01日
編むことは力──ひび割れた世界のなかで、私たちの生をつなぎあわせる 著者:ロレッタ・ナポリオーニ 出版社:岩波書店 ジャンル:社会学

ISBN: 9784000616751
発売⽇: 2024/12/09
サイズ: 1.7×18.8cm/208p

「編むことは力」 [著]ロレッタ・ナポリオーニ

 編み物好きなら、このエッセー集に胸のすく思いがするかもしれない。
 ともすれば庶民の手芸だ、女性の趣味だろうと舞台の脇に置かれてきた編み物が、どれほど創造性に富み、心と生活を支えてきたか。熱く語って、糸と針を持つ人を勇気づけるのだから。
 著者はイタリア出身のエコノミスト。幼い頃から編み物が相棒だった。ゆえにか本書は編み手の視点から、歴史と編み物の関係を探っていく。
 フランス革命で自由の象徴となった赤い帽子、植民地のアメリカで湧き起こった手編みで対抗するイギリス製品のボイコット、戦後のヒッピー・ファッションのデザインは脱・西洋文明、ユニセックスだ。
 その時だれが、なぜ編んだか。目的は権力への抵抗、現金収入、仲間とのつながりを求めてか。エピソードは臨場感にあふれ、顔の見えなかった編み手、女性たちの心の声が聞こえてくる。
 第1次世界大戦時、不足の装備で前線に立つ男たちを守ろうと、帰りを待つ人々は靴下や手袋を編み始めた。使う糸は古いセーターをほどいたものでも、配色に工夫をこらす。著者の祖父母たちの体験で、同じことが各国で同時に起きていた。
 戦場のカラフルな靴下は、はく人に「もうひとつ生きるはずだった人生があったことの証明」だと著者は書く。
 ただしイギリス政府は兵士の靴下のパターンを新たに作り、糸の色まで厳しく決めた。編み手の想像力は奪われていいのか。いまにつながる課題がつきつけられる。
 最終章のタイトルは「ともに編もう」。現代の草の根の動きが紹介される。掲げるテーマは政治や環境問題など骨太だが、ネットで探すと、どの現場もカラフルだ。
 巻末には、文中に登場する編み物のパターンが親切に紹介されて、仲間に招かれているようだ。著者のメッセージは「私たちは、つながっている」。その呼びかけに、イエスと答えたい。
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Loretta Napoleoni エコノミスト、コンサルタント、コメンテーター。邦訳に『人質の経済学』など。