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内田麟太郎さんと山﨑おしるこさんの絵本「あのね あのね」 発達障害の孫と同じように気持ちを伝えるのが苦手な君へ

(左から)内田麟太郎さん、山﨑おしるこさん=土屋貴章(303BOOKS)撮影

会話が不得意でも安心できる世界を描く

――親切にしてくれたありさんに、お礼の言葉が言えなくてモジモジするダンゴムシ。自分の気持ちをうまく伝えられない虫たちが、時間をかけて成長していく過程を描いた『あのね あのね』(303BOOKS)は、詩人の内田麟太郎さんが、孫と一緒に過ごした経験から作られた絵本。ダンゴムシが大好きという芸人の山﨑おしるこさんが、虫たちの表情をやわらかいタッチで丁寧に描いた。孫が小学校高学年の頃、会話が不得手だなと気づいた内田さん。いまでこそ発達障害の診断が出ているが、家族はゆったりと接していたという。絵本では、思ったことをうまく言えない虫たちを叱ったり急かしたりすることはなく、自分から変わるのを待っている。言葉がうまく紡ぎだせない人に、ぐっとくる内容だ。

内田麟太郎(以下、内田) この絵本を作ることになったきっかけは、編集者さんと話をしていたときに、言葉がうまく出ない子の話題が出たことです。孫もそういう子でしたとお話したら、これをテーマにお話を書いてみませんかと声をかけてくれました。ぼくは「ハンデを持っている子に対してこうしよう」というメッセージ的な話にはしたくなくて、お父さん、お母さん自身が安心できて、子どもとゆったりした気持ちで接することができる関係を描きたいと思いました。我が家も孫に対してそうでしたから。

 どういう表現がいいかなと思ったとき、「あのね あのね」という言葉が出てきたんですよ。最初の言葉がかたいと、絵本がかたい世界に連れていかれてしまうから、とまどっている子どもでも口にしやすくて気持ちを表せる言葉を探っていきました。いまは言えなくても、時間が経てば、きちっと言えるようになる。きちっとというのは理屈ではなくて、あったかい春風で花が開くようにゆっくりと、自然に言葉が出てくるのではないかと思っています。そういう感じを描きたいと思いました。

『あのね あのね』(303BOOKS)より

内田 この絵本ではモジモジと言葉が出てこないダンゴムシを登場させたのですが、絵を描いてくれた山﨑さんが、ダンゴムシ好きで有名な芸人さんだとは最初は知りませんでした。偶然の一致だったんです。昔からお笑い芸人とか芸能の世界は好きなので、芸人さんが絵を描くことに抵抗はありませんでした。春風のページに至る前に、ありさんがタンポポの綿毛に捕まって登場するなど、絵本でこういう演出ができる方なんだな、うまいもんだなと思いました。

 

土屋貴章(303BOOKS)撮影

山﨑おしるこ(以下、山﨑) 内田さんにそう言っていただけて、とてもうれしいです。はじめて絵本のテキストをもらったとき、これに絵をつけるのはすごくプレッシャーだったんです。私のような、まだ1冊目の絵本を出してから1年未満の芸人が、この仕事を受けていいのかと緊張しました。でも、内田さんの文章は、一読者として読んでも心に刺さりました。私も子どもの頃から言葉で伝えるのが本当に苦手で、内田さんのあとがきも読んで「私のためにあるんじゃないか」と思うぐらい共感できたお話でした。登場人物も大好きな昆虫で心強かったですし、私の中で特別な一冊になりました。

 自分の脳みそを子どもの視点にして、画面全体を見たときの印象はどうか、細かいところにありさんがいるのを子どもが見つけてワクワクするようにしようかと、いろんなところにこだわって作りました。最初のページが雨のシーンだったので、ちょっと彩度を低くして暗めに、クライマックスの春風のシーンが一番鮮やかになるように意識しました。この春風の表現は難しくて、自然のものに色を付けるのは、いままであまりやったことがない表現だったので、いろんな絵本を見て研究もしました。

『あのね あのね』(303BOOKS)より

山﨑 絵本作りは、芸人としてネタを作るときと少し似ているところもありますね。どういう導入で、どういう振りがあって、ここで笑いがあって、ここで裏切って、という流れを作るのは、物語を作るときと似ているかもしれません。感情を動かすために、絵に関しては色彩の変化をつけたり、飽きないように登場方法を変えたり、子どもの印象に残るように考えました。

自身で心の扉を開くまで待ち続ける勇気

――絵本では、困ったことがあると親切にしてくれるありさんに対して、心の中ではお礼を言いたい気持ちがいっぱいなのに、「あのね あのね あのねのね ありさんに いいたいけれど いえないの」と言葉が出てこない様子が繰り返される。それからやさしい春風がふいてきて、花のつぼみがゆっくりと開いていく。そこには、うまく話せないことで生きづらさを抱える人に対する、「心が開けるようになるまで待っているよ」というメッセージが感じられる。

内田 孫は発話が苦手ですが、小さい頃は発達障害とは気づかなかったんです。おもしろい子で、先に走って行って竹藪に隠れていて、いきなり飛び出して驚かされたりもしました。不二家で2人でケーキを食べに行ってもゲームばかりしていて、親愛なるおじいちゃんと話すよりゲームがおもしろいのかあなんて思ったりね。勉強が特別遅れているわけでもなかったし、思春期でもあるし、家族はゆったり構えていたんです。でも就職した先で一度パニックになって、本人が自分で医者に行って診断を受けました。その後、パソコンの訓練ができるところに通って、いまは秋葉原で別の仕事をしています。先日「仕事、おもしろいかい?」って聞いたら、「おもしろいよ」って言うので、それでいいんじゃないかなって思っています。

 うちの家族にとっては、診断書なんて「それはそれ」なんですよ。娘も、飛び込み自殺を目の前で見てしまって、PTSDになりました。辛い時期だったと思うけれど、連れ合いも働いていたし、家族はちゃんとアシストするから、のんびり治しなさいと言っていたんです。10年ぐらいかかったかな。でもね、急にテレビを見ていて「自分でもできそう」と俳句をやり出したら、どこに投稿しても大体入選するんですよ。入選することによって、だんだん気持ちが前に行くようになってよかったですね。

 家族全員が、あまり生き方に口出しをしないのんびり屋なんです。うちの親父が、獅子の子を落とすような育て方の親だったから。あまりに放任で、親戚に叱られたらしいですよ。いまの時代は安全第一で囲い込むけれど、親父は「子育てっていうのは、子どもがどこかで死んでもいいっていう覚悟がいるんだ」と思っていたのでしょう。

土屋貴章(303BOOKS)撮影

山﨑 私は内田さんのお孫さんと同年代なんです。私も小学校高学年ぐらいから、だんだん内向的になってきて、人前で発表したり喋ったり、何かすることは本当に苦手でした。意思はあっても、先生に伝えるのを諦めていたので、結構大人になるまで諦め癖がついていました。芸人になってからも人と衝突することは多くて。組んだ相方や付き合った恋人など、長く近くにいる人からはみんな揃って「話してくれないから、何考えてるかわかんない」って言われ続けてきました。何か困ったことがあっても、自分で解決しようとしちゃうんですよ。周りの人を頼ることが苦手で。だから、お孫さんの気持ちもすごくわかりますし、この絵本で伝えたい言葉にもとっても共感して、私自身に刺さりました。

 絵本に「春風のようにゆっくり心が開く」とありますが、確かに急には変われないんです。自分の性質をわかってはいるんですけど、いままでやってきたように、生きてきたようにやってしまう。やっぱり頼れる人やパートナーがいて、周りの人たちのおかげがあって、徐々にしか変われないなとは身に染みて思います。人より遅いのかなとかも思うことは結構ありますが、確かに私も、ゆっくり心を開いていったと感じます。伝えることや頼ることを、大人になってちょっとずつ覚えました。

土屋貴章(303BOOKS)撮影

山﨑 実際に絵本を読んでみて、ダンゴムシ芸人が描いた「ダンゴムシがかわいいだけの本」じゃないってわかってくれたら、それが一番です。表紙のダンゴムシは、この触角がちょっと曲がってるところで、モジモジ感を表したんです。子どものとき、丸くなっちゃったダンゴムシが体を広げるまで待っている時間が好きでした。全部広げるまでのんびり待っていよう、という気持ちもありました。ダンゴムシをよく観察しているとわかるんですけど、完全に閉じきらないとき、脚がちょっと出ていて、それがちょっと動いてる。この完全に閉じていないモジモジした感じが、口をもごもごするのに似ているなと思って描きました。いまちょっと開きかけたな、いま体を開こうと思ったときかなと、ゆっくり見守ってあげられたらと思っています。

土屋貴章(303BOOKS)撮影