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「習近平研究」書評 戦闘的な思想 源流は文革期に

評者: 福嶋亮大 / 朝⽇新聞掲載:2025年03月22日
習近平研究: 支配体制と指導者の実像 著者:鈴木 隆 出版社:東京大学出版会 ジャンル:日本の政治

ISBN: 9784130301947
発売⽇: 2025/01/28
サイズ: 21×2cm/648p

「習近平研究」 [著]鈴木隆

 一強体制を築いた習近平は、今やメディアでは終身制の「独裁者」とすら呼ばれる。だが、2012年に彼が中国の党総書記に選ばれたとき、かくも強大な指導者になるとは、ほとんど予想されていなかった。つまり、平凡で基盤も弱い政治家が、急に変身したようにも映るのである。
 本書はこの見かけ上のギャップを実証的に埋めながら、習近平の権力の本質に迫った政治学の力作である。習の著述を丹念に発掘し、その政治思想と文脈を粘り強く読み解くことで、革命家のカリスマをもたないこの官僚政治家に多彩な歴史的表情が与えられるのだ。
 習は青年期の文化大革命で多くの苦難を味わった後、福建省や浙江省で長く地方行政の実務に関わった。その経験は、彼を台湾問題のエキスパートに育て、海洋の重要性を認識させるとともに「中華民族の偉大な復興」を掲げる保守主義的なナショナリズムを萌芽(ほうが)させた。著者はこの習の「原風景」を踏まえ、いずれ台湾統一をめざして「現状変更のための軍事行動」が起こる可能性が高いと記している。
 加えて、習近平思想の源流には、『毛沢東語録』を核とする文革期のプロパガンダがあった。著者は「敢然と闘い、敢然と勝利する」という習の演説が、いかに『語録』の闘争の思想と符合するかを検証する。この戦闘的なイデオロギーが、今や労働者や農民ではなくエリート中心の党となった共産党を、経済的・軍事的な覇権競争に駆り立てるのである。
 本書はこの種の学術書には珍しく、テンポの良いスマートな文章で書かれており、その広角の考察は、習近平から見た中国の「長い戦後」の肖像にもなっている。部外者には複雑怪奇というほかない中国の権力構造をさばく分析力には敬服するし、台湾有事問題を日清戦争以来の「日本の問題」とする率直な指摘にもうなずかされる。現代中国に関心をもつ向きには必読だろう。
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すずき・たかし 1973年生まれ。大東文化大教授。著書に『中国共産党の支配と権力』、共著に『ユーラシアの自画像』など。