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「羊式型人間模擬機」書評 乱れ壊れる得体知れぬせつなさ

評者: 野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2025年03月29日
羊式型人間模擬機 著者:犬怪 寅日子 出版社:早川書房 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784152103949
発売⽇: 2025/01/22
サイズ: 13.6×19.4cm/176p

「羊式型人間模擬機」 [著]犬怪寅日子

 なんだこれ? とんでもない才能が現れたのかもしれないし、一発屋かもしれぬとも思う。そもそもこの本、面白かったか? と自問して、むむむとうなってしまう自分がいる。例えば「きょうのあさ、だから今朝」というのがこの小説の冒頭なのだけれど、これ読んでどう思います? 変でしょ? だけどこの書き出しを見て、読んでみようと思っちゃったのですね、私は。その数行あとに「きのうのあさ、それはつまり昨朝?」とあって、お、来たな、と思っちゃったのですよ。
 文体の奇妙さは、語り手が人間ではないことによる。どういう話かというと、あるやんごとなき一族では、男が死に直面すると羊になる。そこでそれを捌(さば)いて一族の者たちがその肉を食べる。そしてきょうのあさ、つまり今朝、大旦那様が羊になられたので、その儀式に向けて一族が集まり、それぞれの物語が語られる。で、羊を捌く役目の人間模擬機(アンドロイド)が、この小説の語り手。
 だけど、一族の物語よりも、むしろその語り手こそが主役と言うべきだろう。「ユウ」とも「ゆー」ともてんでに呼ばれるその人間模擬機は、ときに頭のまわりがあまりよくなかったり、混乱したり(本人、いや本機?の言い方を借りれば「ええ、いいえ。いいえ――わたくしは、すこし、混雑しているようです」)、エラーを起こしたりもする。それがまた文体の乱れに現れてくる。
 終わり近くになって、本人、じゃなくて本機の一人称が「わたくし」から「私」に変わったことを見逃してはいけない。このシフトは本機が人間に近づいたことを示しているようだ。だが、それは人間模擬機としては壊れつつあることを意味している。「私はもう壊れている。同じ生き物になろうとしている。」そう語りながら、その場面ではUと呼ばれるその機械は「ああ、けれど」と思いを翻す。得体の知れないせつなさが漂う。なんなんだこれ?
    ◇
いぬかい・とらひこ 本作でハヤカワSFコンテスト大賞を受賞。原作にコミック『ガールズ・アット・ジ・エッジ』。