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やまもとりえさん「べつに友達じゃないけど」インタビュー “一日だけの友情”に一歩踏み出す勇気をもらって

『べつに友達じゃないけど』(KADOKAWA)より

年齢を言い訳にせず、自分を幸せに

――やまもとりえさんは多くの人が共鳴する内容の漫画を多数手がけていらっしゃいますね。デビュー作から『べつに友達じゃないけど』とつながる点はありますか?

 私がはじめて描いた漫画は『Aさんの場合。』(祥伝社)です。息子が生まれてすぐの頃に、河原を散歩している時にふっと思いつきました。同じ職場に勤める未婚のAさんと子持ちのBさん、両方の立場から同じ事柄を見るという内容で、同じ女性でも立場が違えば考え方が異なることもあるけれど、共感できることもある。もちろん男女ともに、いろいろな人がいろいろな視点を持って生きていますよね。状況が変われば考え方も変わりますし。私自身、息子を出産後に、新たな視点を得ることができ、描けた作品でした。 

 新作『べつに友達じゃないけど』は、高校時代、「友達」と呼べる仲ではなかった、アラフォーの 4人が主人公です。全員の背景が異なるという点では、デビュー作ともつながっています。 序盤に描いた4人それぞれの「今」は、高校時代に想像した未来と違っていて、それに対して心にもやもやとしたものを抱えています。

――4人のどこかに読者が自分を投影できるのも特徴ですね。イラストレーターを目指しながら挫折した井上さんという登場人物についてはどう感じていますか?

 井上さんは私に近いキャラなんです。何かあると言いわけをしがちというか、「無理だろうな」が先走ってゼロにしてしまうというか。40代になって「もう人生折り返し地点だからまとめに入らないと」と思い込んじゃっている。 40代だって、それ以上の年代だって、何歳からでも楽しく過ごすための工夫がいっぱいできるようになった時代なのに、井上さんは「もうこの年だし」と諦めていますよね。

『べつに友達じゃないけど』(KADOKAWA)より

 井上さんをはじめ、ままならない現実を生きている4人に一歩踏み込んでほしい、自分を幸せにするためのなにかをひとつ選んでほしいという気持ちをこめた作品でもあります。

お葬式をきっかけによみがえる青春の記憶

――そのきっかけになったのが、高校時代の同級生だけど「友達」ではなかった女性の葬式の招待状が届いたことです。 これは衝撃的な出来事のはずなのに、やまもとさんが描くとどこかありうる物語のように感じられるのが不思議でした。

『べつに友達じゃないけど』(KADOKAWA)より

 最初から彼らがお葬式で集まるというのは決めていました。ほかにも成人式や結婚式がありますけど、それだと参加しない人もいますよね。でもお葬式なのに華やかな招待状 が来たら「なんだろう?」と思ってそんなに記憶のない相手からの誘いでも行くのではないでしょうか。そのお葬式に参列したことをきっかけに、大人になった 4人と、亡くなった同級生の、「一日だけの友情」を描きたくなったんです。

――「一日だけの友情」は本作の最大の特徴ですね。それぞれのキャラクター設定はどのように?

 だれかがモデルとかではなくて、「ああいうタイプの子がいたな」という人たちを融合させて設定しました。伊藤くんだけ高校時代の私の好きだった人がモデルなので例外ですね。

――高校生の時の彼らは、華やかなグループや真面目なグループなど、それぞれ違ったグループに属していますよね。「キャラによってグループが分かれていること、あったなあ」と思い出しました。

 そうですよね。でも、振り返ってみれば、日常の掃除の時間とか文化祭とか、異なるジャンルのグループの人たちと、同じ空間や時間を共有したこともありましたよね。私はどのグループにも属していなかったのですが、不思議とそれが心地よかったんです。「どのグループの人もほんのり好き」という感覚があった。ひとつ覚えていることがあって、ある時、クラスのみんなでひこうき雲を見たんです。そこで、ひこうき雲に詳しい優等生タイプの子が、ギャルの子にひこうき雲の説明をしていて。ギャルの子も素直に感心していて。その記憶が、本作で亡くなった水原さんも含めた5人の同級生みんなで虹を見るシーンにつながりました。

読者に委ねる余白の妙

――やまもとさんの漫画の特徴で、ひとつの表情をひとつのコマに出すのではなく漫画に余白を作っていますよね。本作もそうです。あれは何を意味しているのでしょうか?

 本来ならひとつのコマでばーんと人が描かれるシーンでも、3コマに分けたりします。何かに対して即答しない。考えてから答える。私の絵はシンプルなので「モノローグを入れたほうが良いかな」と考えることもあったのですが、余白を入れて間をはさむほうが、「この人は考えてるな」と読者さんも想像することができると感じています。私自身、物語を読んで想像するのが好きなんです。 ただ余白によって背景もなくなるので、スカスカに見えないように、ほかの漫画家さんの作品を読んで研究もしました。

『べつに友達じゃないけど』(KADOKAWA)より

――本作で自分らしさが出ている点はありましたか?

 親子関係でしょうか。本作で子供がいるのは4人のなかで娘の小学校受験をひかえている藤井さんと、夫との離婚を考えている大場さんですね。私も、いつも息子とどう接すればいいのか考えているから、親子関係についてはなるべく繊細に描写しています。母親が良かれと思ってやっていること に対して、子供は傷ついていることもある。そんな育児の反省を藤井さんや大場さんのエピソードに込めました。

――もうひとつ気になったのが、各話のタイトルが90年代から2000年代に流行った歌の曲名になっていますよね。ところがプロローグとエピローグだけ、特にタイトルはついていません。これはどのような意図があるのですか?

『べつに友達じゃないけど』(KADOKAWA)より

 各話のタイトルを90年代~2000年代のヒット曲名にするアイデアは、担当編集さんが提案してくれたんです。それぞれのエピソードのタイトルを当時のヒット曲にすると、深みが増しました。高校時代が瞬時に蘇るような……それだけではなくて、これは読者さんが世代問わずこれらの音楽を聴いてみて、一人ひとり自分に合う曲を見つけてほしいという気持ちもあります。プロローグとエピローグだけは、読者の皆さんにそれぞれこの物語を読んで想像してもらいたくて、あえて何も付けませんでした。あと……中盤のエピソードのタイトル「素直」には思い入れがあります。これは槇原敬之さんの曲で、私自身、槇原さんが初恋といってもいいほどすごく好きなんです! どこかで出したいと 思っていました。

――「素直」は、水原さんをピックアップした転換点になるエピソードですね。ぴったりの歌でした。

 ありがとうございます。各エピソードのタイトルは世代を感じるものですが、この漫画は40歳前後の女性だけに向けた漫画ではないんです。現代は何歳になっても、新しいことに挑戦できる。上の世代にはそう感じてほしいし、若い世代には目次にある昔の歌を聴いてみてほしいと思っています。世代に関係なく、共鳴できる曲が見つかるはず。今ならサブスクでいろいろな歌を聴けるし、漫画を読むきっかけになってほしいですね。

――近い世代の私だけではなく、上の世代である私の母も下の世代である私の妹も、夢中で読んでいました。最後に本作の魅力について教えてください。

 老若男女問わず、誰もが考えれば「こんなことがあったな」と感じる青春の1ページがあると思うんです。その1ページを思い出せる漫画になったと思っています。登場人物たちの世代に近い40歳前後の人に限らず、世代を超えた読者の方に手に取ってもらえるとうれしいですね。

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