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やまもとりえさん「わたしは家族がわからない」インタビュー “普通の家族”を求める怖さ

やまもとりえさん

40歳のハッピーエンド疲れ

――『わたしは家族がわからない』に登場するのは、父、母、娘の3人家族。娘・ひまりが幼稚園の頃、父が突然家出し、1週間後に帰宅。以降、母も父もそのことに触れずに家族をやってきた……という、ミステリー仕立ての物語です。これまで、人々の本音を明るく優しく包み込む作品を発信してきたやまもとさん。今回は新たな挑戦ですね。

 私は今年で40歳になるのですが、この歳になると、めでたしめでたしじゃ終わらないこともあるよなって。これまでは、読んだ人が幸せな気持ちになれるように、と描いてきたのですが、ハッピーエンド疲れが出てきたというか。ちょうどそんな頃に、編集の方からこの物語のテーマをいただいて。よし、やってみよう!と1話目はわりとすんなり描けました。だけど、ひまりちゃんがいやな思いをする場面に差し掛かったら、描くことに抵抗がでてきて……。

『わたしは家族がわからない』(KADOKAWA)より

――ひまりが中学生になり、父・誠が見知らぬ女性と会っているところを目撃する、という場面ですね。

 やっぱり子どもが辛い目に遭うというのがムリで……。編集さんに相談した時、一度とにかく最後まで描いてみませんかと言ってもらい、あとは考えずに手を動かしました。これまでは、自分の感情を登場人物に投影したり、共感しながら物語を描いていたのですが、自分は彼らではなく、彼らを見ている「壁」で実況中継しているんだと思うようにしたら、すーっと描けるようになりました。しかもハッピーエンドに着地させなくていい。今までとは違う自由な感じがしましたね。ちょくちょく描くと考えこんでしまうので、後半は一気にダーッと描き上げました。

『わたしは家族がわからない』(KADOKAWA)より

「普通」と「幸せ」は不幸の始まり

――母親の美咲は「普通が一番」が口癖で、理想の家族像に囚われて夫が見えていません。「普通」を追い求める怖さは、やまもとさんの実感からでしょうか。

 まず「普通」ってなんなのか、はっきり言える人いないですよね。美咲が思う「普通」って、メディアで見た普通なんですよね。こういうのが幸せなんでしょ?って視野が狭くなってしまっている。私、「普通」と「幸せ」を言い出したら不幸のはじまりだと思っていて。美咲は「幸せ」もしょっちゅう口にしてる。でも「普通」も「幸せ」もふわーっとしていて、ゴールが見えないんですよ。これだっていうのがないまま、囚われるのってキツイですよね。

 私自身、20代の頃は「幸せとは」 とか、「女子の幸せ」とか書いてある本を読み漁っていたんです。地雷臭のするタイトルの(笑)。ここ最近、やっと呪縛が解けた感じがします。

『わたしは家族がわからない』(KADOKAWA)より

――美咲は夫の誠に家出の理由を問い質さないままです。全編を通してもっとこの家族が腹を割って話していたらと思わずにはいられないのですが、なぜ本音をぶつけられないんでしょうか。

 私自身そうなんですけど、核心を突きたくないんでしょうね。みんなちょっとずつズルくて、ちょっとずつ逃げてしまって。美咲は自分の母親やパート先の同僚から「(家出の理由は)女に決まってる」とか、不穏なことをささやかれていて、気にしないふりをしながらもそこに囚われてしまう。夫にそれを聞いちゃったら、不幸が確定しちゃうかもって。

――やまもとさん自身は他人のささやきは気になるほうですか?

 以前は、めちゃめちゃ気にしていましたね。インスタグラムとかブログで育児絵日記を描いているんですが、いろんなコメントが来て。最初は、あたしなんぞの漫画を見に来てくださる! と嬉しくて、全部に目を通して返信もしてたんですよ。そのうちに、子どもに「こういう障害があるかもしれないですよ」とか、「病院に相談したほうが」とか来るようになって……。言われると気になって、実際に保健師さんに相談したこともありました。善意だとは思うんですけど、今はちょっと不穏な空気を感じたら、目を寄り目にして見ない術を身に着けました(笑)。10年かかってやっと距離がつかめてきましたね。今はSNSもあるから、ささやきも増えて、美咲や私のように振り回される人も増えているかもしれません。

――美咲の口ぐせの「普通が一番」は、夫の暴力に苦労した美咲の母の影響ですよね。物語の後半、それがさらに娘のひまりにも伝染していて、考えさせられました。

 親からの呪縛って、親は愛情のつもりでも、やっぱりあるんですよね。うちは毒親ではないんですが、母にずっと「子どもは産んだ方がいい」と言われていて。その言葉をプレッシャーに感じていたんです。母は悪気なく、今まで自分も人から言われてきたから言っていたんでしょうけどね。その反動で、自分の子には「親から決められたことなんかやらなくていいんだよ、好きなように夢を追いかけていいんだよ」って言っていたら、それはそれで長男が「夢、見つけなきゃ」「好きなこと、なんだろう……」って悩んじゃっていて(笑)。最近は「流れに身を任せるのもいいと思うよ~」と言ってみたりしてるんですけど……。いやあ~、子育てって難しいですね。

――この物語は第1章が美咲、第2章がひまり、第3章が夫の誠とそれぞれの視点で描かれています。やまもとさんの作品は複数視点で描かれることが多いですが、なぜでしょうか。

 最初に描いた『Aさんの場合。』からずっと、私は作品で「他者の背景を想像してみよう」っていう提案をし続けているんです。昔、デザイン事務所で働いていた時の社長が、「声が大きくて偉そうにしゃべる嫌いな男がいたんだけど、ある日、そいつが街角でプラカードを持って大声でしゃべっていて。そのプラカードに『吃音を直したいので僕の話を聞いてください』って書いてあったんだ。その人の大きな声が嫌いだったけど、それはその方が話しやすいからだったんだ」って話をしてくれたんです。そのとき私は23歳くらいだったのですが、自分も他人の一場面だけを見て好き・嫌いって思ってたなって。そこから、その人の背景を想像することを始めてみたら、嫌いな人がいなくなって、生きやすくなったんです。

 今回も今までの作風とは違うけれど、他者の背景を想像できていたらちがう結末があったかもっていうことを描いたつもりです。伝わったら、とてもとても嬉しいです。

私も家族がわからない⁉

――家族のコミュニケーションがこの作品の大きなテーマだと思うのですが、ご自身はいかがですか。

 こんな物語を描きましたが、夫とは仲良くやっています。夫は仕事が忙しく、帰宅が夜10時とか11時。よく考えたら、平日は「おかえり~」くらいしか会話してないかも……って、あれ?(笑)。その分、休日にすごいしゃべってます。お互い、好きなものに熱中するタイプなので、夫はアニメを、私はアイドルやドラマをおすすめし合ってます。やっぱり、自分のすすめたものを見て面白がってくれたら嬉しいんですよね。この間は、私にBE:FIRSTとBTSを交互に見せられて、「この子の名前は〇〇で、性格は〇〇、ハイ、暗記して!」って、大変そうでしたけど(笑)。仲良いと思ってるの私だけだったりして……。

――いえいえ、お話ぶりで仲の良さが伝わります(笑)。この本と1日違いの発売日で『ねこでよければ④』(集英社)も刊行されました。ほかの連載もたくさん抱えていらっしゃって、お子さんとの時間はどう確保していますか。

 子どもが帰ってきたら仕事は一切しないと決めています。あとは子どもが寝たあとに。単行本の時期は数日間ほぼ寝ないときもありますが、それ以外は割とやれています。大変だったのは、やっぱり長男を保育園に入れる3歳半まで。その頃は、午前中必ず外遊びに連れていく、家事も手を抜かない、イラストの仕事も頑張る、だって結婚も子育ても絵の仕事もやりたくてやってるんだから、って思い詰めていました。そんな状態で次男が妊娠8カ月の時に徹夜で仕事していたらお腹が張って……。あ、もう手を抜けるところは抜こうってやっと思えました。今は献立に困ったら刺身を出してますね、凝った料理より、みんな喜ぶし(笑)。

――ではここで最後に、最近あった「私は家族がわからない」と思ったエピソードをどうぞ!

 えっ(笑)。ふざけたやつでいいですか? 今、長男と次男の間で架空の自己紹介をし合うのが流行っていて、そのネーミングセンスがすごいんです。次男が「どうも、針打ち貧乏丸です」って言って、長男が「どうも、チケット販売タケシです」って(笑)。ほかにも「どうも、おじいちゃん放り投げ太郎です」とか、「どうも、一生懸命作ったもの一瞬でつぶすお(男)です」とか。もう、すごいセンス。すばらしいなって思います。

――それはもう、そのままのあなたたちで百点満点だよって言いたくなりますね(笑)。