「曇りなく常に良く」書評 女子高生の絶えず跳ね回る言葉

ISBN: 9784120058998
発売⽇: 2025/03/24
サイズ: 2.5×19.1cm/172p
「曇りなく常に良く」 [著]井戸川射子
五人の女子高校生たちが、かわるがわる日々の所感を語る連作短編集。
母の再婚にともない幼い弟と妹ができたハルア、走るのが速いナノパ、自分の顔が気になるダユカ、ひととの会話に難を感じているシイシイ、アルバイトに励むウガトワ。クラスの仲良し五人組は、日々ともにだべり、気になる先輩の話題で盛りあがり、笑わせあい、ときには辛辣(しんらつ)な言葉を投げあったりもしながら、同じ風景のなかに佇(たたず)む。章ごとに語り手は変わるけれど、それぞれの語り口に特別際立った個性があるわけではない。しかしその似通った五つの声はけっして一つにはならず、合わせればたしかにザリザリと擦れる何かが生まれ、各々(おのおの)の輪郭がぼんやり浮かびあがってくる。
五人の日常に、ドラマチックな出来事は何も起こらない。でも言葉がいつも動いているから、読んでいてドキドキする。どのページを開いても、小刻みな読点に弾かれてすっくりと立ち上がり、つま先立ちで跳ねていくようないきのいい言葉が次々あふれる。動物園のシマウマに夢中な弟を見守る、走る体の呼吸を感じる、正しい鼻の形を求めてスマホを漁(あさ)る、傘立てを磨きながら自分の問題を顧みる、無数に見える選択肢の有限をふと悟る。なんていうことのない日常の一場面を語る言葉は、絶えず跳ね回り、風景も心情も、何をも一つの形に固定しない。
すべてやりかけの何か、未完成の問い、言いかけの言葉のなかに生きているような彼女たちのありように、「若さ」とはひたすら続きのなかにいることなのかもしれないと、感じいる。いつか終わりが来ることはわかっていても、とにかくいまこの瞬間に続く時間のなかで、絶えず体を動かし喋(しゃべ)り続けること、けっして何も確定させないこと。読みながら、十代の頃には溶けないと信じ込んでいた体の芯のこわばりが、いまになってやわくほぐれていくような快さを覚えた。
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いどがわ・いこ 1987年生まれ。作家、詩人。『する、されるユートピア』で中原中也賞。『この世の喜びよ』で芥川賞。