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「運命の終い」書評 気軽な「大人の恋愛」のつもりが

評者: 吉田伸子 / 朝⽇新聞掲載:2025年06月28日
運命の終い 著者:奥田 亜希子 出版社:小学館 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784093867504
発売⽇: 2025/05/21
サイズ: 13×18.8cm/224p

「運命の終い」 [著]奥田亜希子

 「結婚も出産も、幸せの保証にはならないんだけどねえ」
 主人公・彩香がパートで勤めている生花店のオーナー・実花子が実感のこもった声で言う。彼女は息子2人を連れて離婚したシングルマザーだ。その実花子の言葉に彩香は思う。「それは運命も同じだ。運命の予感も、幸せの保証にはならない」
 2年前に夫をガンで亡くした彩香は、40歳。20歳で妊娠、出産した一人娘の凪は大学生だ。高3の時に教科担当だった哲文と、卒業後につきあい始め、結婚。彩香にとって哲文は運命の人だったはずなのに、結婚生活の日々のなか、運命の文字は色褪(あ)せていった。
 「同年代には婚活中や妊活中の人もいるのに、早くも晩節に突入したような気分」でいた彩香。20代と30代のほぼ全てを、子育て、姑(しゅうとめ)の介護、夫の看病・看取(みと)りで駆け抜けたのだ。怒濤(どとう)のような日々だったんだろうな、と思う。
 物語は、彩香が、ふと自分の人生を振り返った時、哲文との結婚生活で取りこぼしたもの――友情や大学生活、定職に就くこと、等々――の大きさに身震いし、「取りこぼしたものをこれ以上このままにもしたくない」と思ったことから行き着いた、「気軽な恋愛」とその顚末(てんまつ)を描いていく。
 彩香も、相手の今井も、お互いに「もうロマンはいらない」と、そこから始めた恋愛で、さらりと割り切った関係は、お互いに心地よかったはずなのに、2人の関係は少しずつ綻(ほころ)び始めていく。
 物語の最終盤で、彩香は今井に言う。「上下関係が固定されているパートナー関係は、もう誰とも作りたくない」と。背景にあるのは、死別した夫との日々なのだが、彩香がここに気がついたことが、読んでいて嬉(うれ)しかった。うん、彩香、そこ大事。すごく大事!
 『求めよ、さらば』で第2回「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」を受賞した作者が描く「大人の恋愛」は、ほろりと苦くも、後味爽やか、です。
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おくだ・あきこ 1983年生まれ。作家。『左目に映る星』ですばる文学賞を受けてデビュー。『青春のジョーカー』など。