
江戸の出版界に事件を呼ぶ本の虫、おせんの物語が、2冊目の単行本になった。「往来絵巻 貸本屋おせん」(文芸春秋)でも、おせんは神田明神祭の絵巻をめぐる謎や、「模倣本」騒ぎなど、数々の騒動に遭遇する。高瀬乃一さんは、まるで母のような愛を注いで、おせんを育てている。
文化年間の江戸のまちを、高荷を背負ったおせんがゆく。駆け出しの貸本屋をひとりで営むおせんは、とにかく本を愛している。寛政の改革以降、出版統制が続く中、様々な事件にも巻き込まれる。だが、おせんは知識と娯楽を人々に届けるため、奔走する。
高瀬さんは、「私は結構、人の顔色を見るタイプ。まわりに何を言われても、好きなことを突き詰めるおせんとは真逆(まぎゃく)。おせんは、憧れの女性像でもある」と語る。
2020年に「オール読物新人賞」を受賞した「をりをり よみ耽(ふけ)り」をもとにデビュー作「貸本屋おせん」が生まれ、シリーズになった。
物語を書き続けることで、おせんを娘のように感じ始めているという。「けがしないで。病気しないで。人に嫌われてもいいから、とりあえず元気でね。そう思いながらも、ムチャをさせるんです」
おせんの物語は、主人公の職業を何にしようかと調べ物をしているときに、高荷を背負った行商人の存在に興味をもち、誕生した。江戸の出版文化を学術書などで調べ、物語を組み立てているという。「最初は版木すら知らなかった。自分の分からないことには、面白いことがあるだろうというのが、出発点」。道ですれ違った気になる人や、娘の話を生かしたこともある。
元々は現代ものなどを書いて新人賞に応募していたが、落選が続いた。作家への憧れとともに嫉妬心が強まり、本屋に行くことすらきつい時期もあった。
編集者の助言で時代小説に挑戦すると、馬が合った。「今だとちょっと恥ずかしいストレートな表現や人情も、時代小説では書ける」
時代小説には親しみがあった。学生時代に、藤沢周平の「獄医立花登手控え」シリーズをたまたま手に取り、好きになった。今でも執筆に行き詰まると、藤沢作品を書き写して学んでいる。
実は、おせんをいつも気にかける幼なじみ「登」の名前は、「立花登」から取ったという。「名前が決まらなくて、『1回だし』と思ってつけた。続くと思っていなかったから」
おせんは、自分の大店を構えたいという夢をもっている。「夢があると語っちゃったから、それはどうにかしなければと思っている。おせんに頑張ってくれって言いながら、自分が頑張らなきゃ、みたいな」。おせんが掲げた夢をかなえるため、これからも書き続ける。(堀越理菜)=朝日新聞2025年7月16日掲載
