町田そのこさんが初期の小説と向き合い、物語を紡いだ。あたたかな希望がともるような「蛍たちの祈り」(東京創元社)だ。世界を恨むのをやめたから、導けた結末だった。
原型となった冒頭の短編が発表されたのは2018年。デビュー2作目の刊行前だった。それから時を経て、書きためていた続きの原稿をもとに、刊行に向け再始動した。
17年のデビュー当時は焦っていた。自信がないのは、ずっと田舎に住み、親の束縛が強く、大学進学もかなわなかったせいだと周囲を恨んだ。21年に「52ヘルツのクジラたち」で本屋大賞を受けても、1年ほどは重圧に押しつぶされた。
次第に考えが変わった。「自分が悪かったのに、周りばかり否定して、自分の力を自分が一番見限っていた」と気が付いた。恨むのをやめると楽になり、余裕が生まれた。そうした変化が、今作には反映された。
《自分のすぐ傍にも、世界中に誇れるほどの綺麗な景色があるの。(中略)行こうと自分の意思で歩かない限り、見られない。しあわせってのも、そうよ》
この数年、自分のことより次世代のことを考える。「鬱々(うつうつ)と生きていた若いときに、こういう言葉を知っていたら、もっと幸せになれたんじゃないかな」。思い悩んでいる人たちに伝えられる言葉を探している。
今作は、山間の小さな町が舞台だ。蛍が舞う夏祭りの夜、中学生の幸恵と隆之は生きるため、「罪」を隠す。視点を変え、時間を追いながら描き出されるのは、逃れられない悲しい運命の中で居場所を求める人々の祈りだ。
すでに書いていた部分には、当時の荒々しさを残しつつ、修正をかけていった。「数年前は田舎町を燃やす勢いの恨みを込めて書いていました」。母としての幸恵を、未成熟な女性でなくしたのも、町田さん自身が母としての経験や、作家としての自信を得たからだ。
場面の見せ方や心情の描き方など、技術面での成長も実感したという。「当時はこんな結末は書けていなかったと思う。あのとき自分が広げた風呂敷を、畳むことができたかなと思っている」
どんな作品を書いても課題は尽きないらしい。「読んでいくともっとこうすればよかったとだんだん腹が立ってくる。後悔は夢にも出てくるんです」。そしてまた次の作品に向き合っていく。(堀越理菜)=朝日新聞2025年9月17日掲載