エッセイは、人生を物語として読むもの
――『花より漫画』は、漫画家として長年活躍してきた神尾さん初のエッセイ集です。
漫画を描く時は「キャラクターたちの人生だから、面白ければどんな展開でもいい」と、ある意味、無責任に描いてきました。でもエッセイは自分について書くもの。「私の生い立ちなんて、誰が知りたいんだろう?」と、最初は戸惑いましたね。担当編集者から「ちゃんと自分をさらけ出した方が面白いですよ」と言われて、思い切って書くことにしました。単行本には、雑誌で広告が入っていた4分の1スペースがあるんですが、そこにちょっとした日常を書いてきた経験が役に立ったかもしれません。
――あのスペースを楽しみにしていた読者も多いですよね。
そう言ってくださる方が多かったので、いつもネタを考えていました。もともとエッセイ自体、読むのが好きだったんです。この本では、まず、私といえばやっぱり『花より男子』(以下『花男』)なので、今までにいただいてきた『花男』にまつわるたくさんの質問にすべてお答えしようと。なぜ漫画家になったのか、海外で過ごした子ども時代、今の仕事のこと……。書き始めると「あれも書ける、これも書ける」と欲が出てきて、最後は選ぶのが大変でした。
――影響を受けたエッセイは?
大好きなのは向田邦子さん。「手袋をさがす」など心に残るエッセイがたくさんあります。エッセイなんだけれども、物語として読める。忙しい日々の合間に読んでは心癒されてきました。影響を受けたというとおこがましいですが、自分でもできるだけそんな風に書くことをめざしました。
崖っぷちから始まった「花男」
――10代後半での漫画家デビューのエピソードも印象的でした。
目標もなくモヤモヤしていた頃、「高校時代に描いたことがあるし、漫画なら描けるかも」とふと思いついて、10日間で30ページ描きました。短大に通いながら、ほとんど寝ずに描いて……なんだか超人的な感じに思われるかもしれないんですけど、正直、出来はひどかったです(笑)。よくデビューできたなと思います。
――代表作『花男』はそんなデビューから5、6年目の作品。少女漫画史に残る大ヒット作ですが、実は連載開始時の神尾さんの心境は「崖っぷち」だったそうですね。
もう新人ではなく、短編を何本か描き、連載も2度ほどやらせていただいたのですが手ごたえがなくて、「私、漫画向いてないかも」と思っていたんですね。時はバブル。同級生はみんな会社に入ってキラキラしていて、親からも「漫画家なんて不安定な仕事についてどうするの?」と反対されていました。
――漫画家が向いていないと思ったのはどうしてですか?
当時の少女漫画は、か弱いヒロインと王子様のような男の子の物語が多かったんです。私もそんな少女漫画が好きで描きたかったんだけど、自分で描くとどうしても面白くならなかった。アンケートも取れなくて、『花男』が始まった時は「これで最後」と思っていました。
だから本当に好きなことをやっちゃえと思ったんですよ。子どもの頃に夢中になった少年漫画のように、「続きを知りたくなる話」を描こうと決めました。ジェットコースターのような引きの強い漫画を目指したんです。
――結果、12年の長期連載になりました。
主人公の牧野つくしは、とにかく頑張る女の子なんですよね。彼女の頑張りを描いていると私も頑張れた。主人公と励まし励まされながら描くという初めての経験でした。
――当時の「マーガレット」は隔週刊で仕事量もすさまじかったのでは。
月2回の発売で、最初の3年間は一回30ページの連載。23、4歳で描き始めたので体力的には頑張りがきいたのですが、毎日フラフラでしたね。
つくしと道明寺は結ばれる予定ではなかった?
――『花男』ヒットの秘訣はどのようなところにあったと思いますか?
メディア化や読み続けてくれる読者の皆様のおかげですよね……。ありがたいことです。ただ、連載中は無我夢中で締め切りの波を泳いでいたので、ヒットとか何も考える時間がなかったんです。周りから「売れているらしいよ」と言われるんですけど、時間がなくて外に出ないからわからない。
3巻が出た頃、新宿の本屋で発売日に偶然居合わせたんです。レジに7人ほど並んでいて、全員が私の漫画を持っていた。その時に初めて「あ、本当に売れているんだ」と思いました。後ろから手を合わせて「ありがとうございます」って(笑)。そうやって並んで買ってくださる人をがっかりさせないようにしよう、と強く思うようになりましたね。
――ヒットのような大きな目標を掲げるのではなく、もっと身近な読者に向けて描いていたんですね。
苦しい時期もあったからこそ、漫画を描く時の一番の信条として、何より自分が楽しんで描くことを大切にしたいと思っていましたね。私が続きを知りたい話を描くんだと思いながら、原稿に向き合っていました。
――『花男』で最も多かった質問は?
『花男』は、ヒロインの牧野つくしと、俺様気質の道明寺司、ミステリアスな花沢類との三角関係を描く物語ですが、「最初からつくしと道明寺というカップリングは決まっていたんですか?」という質問がすごく多かったですね。実はつくしは道明寺を選ぶと最初から決まってたんじゃないか、団子の原料である「道明寺粉」と花沢類の花を示す『花より男子』というタイトルはそれを暗示しているのでは、とかね。でも、そういうわけではなかったんです。
――くわしくはぜひ本書を読んでいただきたいのですが、作者である神尾さんが「花沢類を選んでもいいよ」と何度呼びかけても、つくしが道明寺を選んでしまうというエピソードが印象的でした。
もう、本当に物好きだな、と思ってましたね。道明寺はお金持ちで見た目はいいですけど、俺様だし、性格も悪いし、私自身が「こんな人、絶対嫌だ」と思いながら描いていたんですよ。だけど、どうしても磁石のように引きあってしまう。それがつくしと道明寺でした。恋愛を通して、道明寺もどんどん磨かれていい男になっていった。その成長が楽しかったですね。
「とりあえずやってみる」から始まる
――インドネシアで子ども時代を過ごしたそうですが、海外生活はご自身の人生観に影響を与えましたか?
すごく影響したと思います。当時は治安があまりよくなかったので、ほとんど家の中で過ごしたんですね。テレビもなかったですし、船便で送られてくる1カ月遅れの「少年サンデー」を、読者のお便りコーナーのちっちゃい字まで全部読んでいました。楳図かずお先生の「漂流教室」が大好きで、連載の続きを考えて真似して自分で描いたりして。情報に飢えていたんです。逆に日本に帰ってきてからは情報量が多すぎて(笑)
――ギャップが大きかったでしょうね。
はじめは全然馴染めなかったです。何も知らないから、周りから見たらすごく浮世離れしていたのかもしれませんね。学校でいじめにも遭いました。ある日学校に行ったら私の机がなくて、廊下の隅に転がっていたんです。
――それはつらいですね。
でも、毎日迎えに来てくれる子が一人だけいた。母も変わっていて「学校に行かなかったら負けだからね。お母さんだったら絶対やっつけてやるわ」と言われて。毎日通いました(笑)。今なら無理しなくてもよかったと思いますが、あの経験が、つくしの強さにつながっているのかもしれません。
――原作、キャラクター原案、脚本を手がけたNetflixの新作アニメーション「プリズム輪舞曲」(全20話/2025年1月15日より配信)のヒロイン・一条院りりも勇気あふれる女の子です。20世紀初頭、画家を志してイギリスに渡ります。
りりも元気な女の子ですね。「プリズム輪舞曲」は、『花男』のような少女漫画をアニメで作りたい、という企画でした。三角関係を軸にした青春ラブストーリーです。映画「プライドと偏見」が大好きでイギリス貴族との恋が描いてみたくて、20世紀初頭のイギリスが舞台になりました。戦争など時代の渦の中で、大きくドラマが動いていきます。
アニメは、みんなで作る感覚が新鮮で、本当に楽しかったですね。美術も美しくて、素晴らしい声優さんたちが声を当ててくださっていて、毎回ため息が出るような素晴らしい仕上がりになっていますので、ぜひご覧いただけるとうれしいです。
――『花より漫画』を読むと、新しいことに次々挑戦する神尾さんのフットワークの軽さに勇気をもらいます。
飽きっぽくて、いろんなことがやりたくなってしまうんですよね。『花男』だけは腰を落ち着けて長期連載しましたが、あとは少年漫画を描いてみたり、アニメーションに関わってみたり、エッセイを描いたり、いろんな挑戦をしながら仕事をさせていただいています。でも「とりあえずやってみる」って、結構大事なんじゃないかと思うんです。「楽しいな」と思えば続けてみるとか、そのくらいの軽やかさで新しいことを始めるのも悪くないんじゃないでしょうか。次は、小説を書いてみたいですね。