1. HOME
  2. 書評
  3. 「世界に背を向けて」書評 食卓から論じるナショナリズム

「世界に背を向けて」書評 食卓から論じるナショナリズム

評者: 中澤達哉 / 朝⽇新聞掲載:2026年05月30日
世界に背を向けて――戦間期の反グローバリズムと大衆政治 著者:タラ・ザーラ 出版社:みすず書房 ジャンル:歴史

ISBN: 9784622098294
発売⽇: 2026/01/19
サイズ: 19.4×3.2cm/496p

「世界に背を向けて」 [著]タラ・ザーラ

 本書のメッセージの一つを、近代歴史哲学の名言に例えるなら、マルクスやブルクハルトの至言「歴史は繰り返す」だろう。現代の危機は百年前の戦間期に酷似するとよく言われる。ただし著者は、単に権力政治に双方の類似性を見出(みいだ)すのではない。むしろ、人びとの生活世界への関心から、この名言に異なるアクセントを与えている。
 著者によれば、第1次世界大戦を経て、反グローバル化を掲げるナショナリズムが世界中で高揚。各国は輸入品に高い関税をかけ、移民を排斥し、自給自足を目指した。政府のみならず、一般の人びとも自国第一主義に走っていった。
 ただ、本書はその論じ方が独特だ。ミクロな日常史料を分析し、多くの事実を明るみに出す。例えば、世界恐慌後の各国の自給自足政策。輸入品のバターの代わりにマーガリンの粗悪品が流通し、コーヒーやコーラの代替物も作られた。お世辞にも美味(おい)しいとは言えない代用食を国民に強いたのだ。節々に感じるのは、この欲しがらない経験がやがて、世界に頼らず自力で生きていけるという孤独な誇り、つまり、ナショナリズムにすり替わっていくという見立て。グローバル化の波に背を向けた人びとの孤独に対する処方箋(せん)こそ、ナショナリズムだった。食卓からナショナリズムの高揚を論じるのである。
 著者の慧眼(けいがん)は続く。その孤高のナショナリズムがグローバルに伝播(でんぱ)したと考えるのだ。各国の指導者はどうすれば効率的に他を排除し、自立できるのかという技術や思想を相互に参照していた。つまり、戦間期のグローバル化と反グローバル化を二項対立ではなく、表裏一体の現象として捉えるのである。
 世界に背を向けることで安定と安全を確保しようとする心理は、アメリカ・ファーストなど、現代の自国第一主義と瓜(うり)二つ。第2次世界大戦という破局を知る私たちは、本書を歴史の警鐘として重く受け止めたい。
    ◇
Tara Zahra 76年生まれ。シカゴ大教授。専門は近現代中東欧史。著書に『失われた子どもたち』など。本書は5作目。
    ◇
齋藤慎子訳