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「粉瘤息子都落ち択」書評 オフビートな笑いで描く〝いま〟

評者: 吉田伸子 / 朝⽇新聞掲載:2026年03月21日
粉瘤息子都落ち択 著者:更地 郊 出版社:集英社 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784087700442
発売⽇: 2026/02/05
サイズ: 13.4×19.4cm/176p

「粉瘤息子都落ち択」 [著]更地郊

 物語はサイゼリヤで向かい合っている二人の男(おそらくはどちらもイケてない)の場面から始まる。主人公の野中と忍は大学からの付き合いだが、片や無職(野中)で、片や公務員。無職生活を続ける野中にとって、オンライン対戦のスパーリング相手になることで忍から支払われる10万円が生命線だ。
 お金を受け取る側の野中だが、そこに軽い後ろめたさはあっても、卑屈さはない。学生時代は細もやしだったのに、筋肉むきむきになった忍のことを、「怪人的な巨軀(きょく)に成り果てて」いると思っているし、忍の長髪に関しては「肝心のストリートファイターはあまり強くならないまま、なぜ容姿を格ゲーのキャラクターのほうに寄せていってしまったのか」と思っているが、「それについては忍のプライドに関わる」ので触れない。
 けれど、そんな暮らしも、もうじき終わりを迎える。東京での生活を畳んで実家に帰る=都落ちすることを野中が決めたからだ。東京を離れるXデーまでの日々は、野中と忍の関係がフラットだから、筋としては暗めのトーンなのにもかかわらず、オフビートな笑いと明るさがある。そこがいい。気がつくと、物語に引き込まれてしまう。
 ある日、野中が自販機に貼られたテープを見つけ、たまたま潰した粉瘤(ふんりゅう)の血が付いてしまったそのテープを、「呪物」としてメルカリに売りに出したことで、物語が動く。テープには「じゃあ一生オマトゥマヘーオマヘマンヘーっつてろよ。」という言葉が印字されていた。この、謎の言葉の意味は? そして物語はどこに着地するのか?
 読了後、妄想する。20年後、47歳の二人を。地元でサラリーマンになった野中が出張で上京、忍とスト6で対戦している。野中はまだマウンテンデューを愛飲しているのか? 忍の体形は? 年を重ねて、少し丸くなった二人の背中に、学生時代の彼らが二重写しになって見えた。
    ◇
さらち・こう 2025年に本作ですばる文学賞を受け作家デビュー。「粉瘤しぼり都落ち択」から改題した。