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蝉谷めぐ実さん「見えるか保己一」 全盲の国学者・塙保己一の生涯に向き合う葛藤

蝉谷めぐ実さん

 江戸時代を生きた全盲の国学者を、蝉谷めぐ実さんが「見えるか保己一」(KADOKAWA)で書いた。偉人伝ではない。保己一の人生を、美しい物語に仕立てようとはしなかった。「聖人化するのも、ある種の差別」と覚悟をもって挑んだ。

 デビュー以来、歌舞伎を題材にしてきた。4作目の「万両役者の扇」で、歌舞伎で書きたいことはいったん出し切った。次は平安時代を書いてみたいと、平安装束の着付けを学ぶ講座に行った。そこで、枕草子や源氏物語が正しい形で残っているのは、塙保己一のおかげだと聞いた。先生が「偉業を成したけど、あまり知られていなくてね。世間に知らしめてくれる人がいれば」と話すのを聞いて思った。「私の役目では」

 前作を書いた自分に打ち勝ちたい。前作の価値観をひっくり返したい。そんな思いを、次の作品にぶつけながら書き続けてきた。だが、今回は少し違った。一つの作品の中でも、自分に挑み続けることになった。「1話を書いた時の自分を否定したくて、最終話を書いた」

 物語のはじめ、幼い保己一は視力を失うが、勉強ができ、周囲の様子にもよく気が付いた。その姿に、周りの人間は「見えているのか」と尋ねたくなる。「目が見えない方は、それ以外の感覚が鋭敏で、見えている人と違うところまで行き着けると思い込んでいた」。ところが書き進める中で、実は保己一ははりやあんまが苦手だったことなどを知り、衝撃を受けた。「『見えるか保己一』とタイトルを考えた自分自体が、傲慢(ごうまん)だった」。向き合い方を転換しながら書き進めた。

 古代からの文献を網羅して分類した「群書類従」の編纂(へんさん)に力を注いだ生涯を描きながらも、評伝や偉人伝にはしないという決意は、当初からあった。「あなたは自分とは違う」と、差別的な目で保己一を見ていないか。自らに問うことで、話が広がった。妻や弟子といった目が見える人とのすれ違いや、葛藤など人間くさい感情まで描ききった。

 保己一に飛びついたのは、全盲であるがゆえ。「小説家的な野心」だった。だからこそ、真摯(しんし)に向き合った。目が見えない状態でにおいはどこまで分かるのか。超人的な描写は避けた。保己一の一人称部分では、視覚的な表現や、「目の前」のような慣用句も除きたいと、推敲(すいこう)を重ねた。「これほど書くのがしんどいと思ったのは初めてだった。これが書けたんだから、もっと色々書けるなと思った」

 蝉谷さんの新たな挑戦がまた始まる。(堀越理菜)=朝日新聞2026年325日掲載