7年前のデビュー以来、趣向を凝らした本格ミステリーを次々と発表している方丈貴恵(きえ)さんが新刊「盾と矛」(KADOKAWA)を出した。事件の犯人を「絶対に逃さない」探偵と「必ず無罪にする」仕事人が頭脳戦を繰り広げる新感覚の謎解き小説だ。
「頭脳戦が好きで、本格ミステリーの醍醐味(だいごみ)だと思っています。それを強化した話を書きたかった」
強化の発想は漫画「嘘喰(うそぐ)い」から。ギャンブルをめぐる頭脳戦に加え、暴力を伴うアクション場面の評価も高い作品だ。「盾と矛」では車いす探偵の草津と腕っぷしの強い助手の霧島のコンビが事件にあたる。
「知の領分と暴の領分を組み合わせることで、本格ミステリーはもっと面白くなるのではないかと。正反対の2人が手を組まないと勝ち筋が見えないような、探偵と助手との関係性も描いてみたかった。そうなると好敵手が必要になってきて、とやっているうちにこんな話になりました」
頭脳戦の強化は第一章だけでも伝わる。密室状態の別荘の浴室で男の遺体が見つかる。着衣姿なのになぜかノーパンで。霧島の現地調査の報告を聞いた草津は、瞬時に犯人と犯行方法を見抜くが、その矢先、現場からは証拠となる痕跡が消え失せてしまう。どうやら裏で、金を積んだ依頼人の無実を作り出す仕事人のヒミコが動いているらしい。3人は中学時代からの因縁があるようで……。
草津が「事件は犯人が分かってからが本番だよね」とうそぶくように、推理と隠蔽(いんぺい)の上書き合戦は、謎に対して複数の解決を提示する「多重解決」の変形とも言える。加えて、ヒミコに隠蔽を依頼したものの、迫り来る探偵の影におびえる犯人の心理も描かれており、「刑事コロンボ」のような倒叙推理小説としての妙味も生まれた。
過去作でも奇妙な設定と緻密(ちみつ)な推理で謎解き好きをうならせてきた。鮎川哲也賞を受けたデビュー作「時空旅行者の砂時計」(2019年)に始まる「竜泉家の一族」シリーズはタイムトラベルなどSF的な特殊設定のもと不可解な殺人が起きる。「アミュレット・ホテル」(23年)は、犯罪者ばかりが集うホテル内の特異なルールのもと、ホテル探偵と悪党たちが頭脳戦を繰り広げる。
「ついつい前例のないことに挑もうとしてしまう性格」は幼少期から親しんだモーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」シリーズの影響が大きいと言う。
「ルパンは状況の打開の仕方が面白い。かなり大胆に意表をつきながら難局を打開していく。子供のころから大胆な人間へのあこがれがあって、作風にも反映されていると思います」
学生時代は綾辻行人さんら多くの作家が輩出した京都大推理小説研究会に属した。作家志望ではなかったが、就職してから「まだ見ぬミステリーを書いてみたいという思いがなぜか強くなり」、小説賞への投稿を続け、デビューに至った。
「物語世界のルールの中でどこまで面白い謎解きができるかに毎回挑戦しています。ときどき、プロットを作った過去の自分を恨みたくなることもありますが、それを楽しく感じる性格なんです」(野波健祐)=朝日新聞2026年4月1日掲載