【谷原店長のオススメ】長瀬ほのか「わざわざ書くほどのことだ」 対照的なふたり、軽妙なエッセイに
役者という仕事は、「0から1を産む仕事」ではなく、「1を2にする」、あるいは「1を10にしていく仕事」だと思っています。「ゼロイチ」か、否か、そのどちらが偉いのかなんて議論にさほど意味はなく、それぞれ性質の違い、あるいは向き不向きの問題に過ぎないかも知れません。この本を読むと、「何もないところから何かを生み出したい」「何者かになりたい」という、長瀬ほのかさんの切実な思いが伝わってきます。読んでいるうちに、思わず自分自身を振り返り、考えさせられることがありました。
長瀬さんは1988年、北海道生まれ。高校生の頃、綿矢りささんの『蹴(け)りたい背中』を読んで書くことに憧れたそうです。月日は流れ、地元の教員養成系大学を卒業しながらも先生にはならず、社会人になって仕事をして、酒を飲み、寝るばかりの日々を送っていました。「何かになりたい」気持ちをくすぶらせていた折、アンモナイトを研究する古生物学者と、ひょんなきっかけで出会い、やがて結婚します。
夫は毎日こつこつ、アンモナイトと向き合っている。人類と入れ違いで絶滅した、生きている姿を見たことがない、石の塊の、気持ちを知ろうとしている。それが夫の生きる道だとしたら、私は何をしよう。
私はずっと、野望ばかりを丹念に育てながら、だらだらと時間を浪費してきた。
(中略)
決意はいつも日々に溶け、日常をそつなくこなすことで小腹を満たしているうちに、年月はあっという間に過ぎ去った。結局、私に必要だったのは、好きな仕事を自分の努力で掴(つか)み取り、没頭する人間を身近に置くことだった。夫と出会っていなければ、私はきっとまだ文章を書いていない。(本書p.6より)
つきあってしばらくして、夫の方が先に、新聞でコラムを連載する仕事を受け持つことになりました。その原稿にあれこれと口を出すうちに、夫から「ほのかさんも何か書いてみたらいいのに」と言われます。背中を押された長瀬さんは、ホコリを被っていたノートパソコンをようやく開き、日々の徒然を書き始め、そして「note」に投稿します。
たとえば、ある日。夫が眼鏡をかけたまま顔を洗い始めます。驚いた長瀬さんに夫は一言、「眼鏡を外すのが面倒だった」。
あるいは、ある雪の日。招待されたパーティーに軽装で出かけてしまった夫が、お偉方の顔ぶれにビビり、慌ててコンビニでネクタイとワイシャツを買い、トイレで着替え、事なきを得たこと。夫は一言、「脱いだ服は雪の中に隠した」。
七転八倒しながら日々を過ごす、対照的なふたりの暮らし。夫は軸をブレさせず、まっすぐ好きなものに突き進むいっぽうで、どこか一般常識が飛んでいるところがあります。それに対し、長瀬さんご本人は、あれこれ自問自答し、日々悩み、自己肯定感の低さにさいなまれながらも、実務的な作業が実は得意で、詳しくは書かれていないものの、夫をしっかりフォローしているのです。
ふたりが同居する前から、長瀬さんはウサギを飼っていました。札幌駅前の商業ビルで見つけ、買い求めたウサギの名前は「関根」。ウサギの名前に関根。これでピンときた方はきっとテレビ好きのはず。命名の由来の種明かしは、ぜひ本で確認していただくとして、ともあれ、長瀬さん以上に夫が「関根」の魅力にみるみる染まっていくのが愛らしいのです。「関根」はのちに天寿をまっとうします。当たり前にそこにいた存在がいなくなる。その何とも空虚な描写が、また切ないのです。
「別れ」と言えば、長瀬さんがおじいさんを亡くした時のエピソードも、胸に迫ります。葬儀が順調に進む中で、初孫の長瀬さんは終始、ふざけている――北海道の言葉で「おだつ」と言うそうです――だけ。眠るおじいさんの横に置かれた「お鈴」を1歳のいとこの子どもがチンチーンと連打した時、「おじいちゃん起きちゃうんじゃない?」と無駄に大きな声で言い、親族の笑いを誘ったりする。とにかく「おだって」ばっかりなんです。そんな長瀬さんが、葬儀後夫とふたりきりになって初めて、埋もれていた本当の思いを爆発させます。
「おじいちゃん死んじゃったああ~」
押し込めていたすべてが溢れ、夫の腕に顔面を張り付けて泣いた。この腕も、いつか焼かれて骨になると思うと怖かった。私はこれからまた何度も、好きな人たちが骨になるのを見なくてはならないというのか。
(本書p.103より)
もう一つ。長瀬さんは、いつも食べることばかり考えています。旅行に行く際には、その土地の食文化を味わい尽くすために、滞在日数分の表をつくるのだそうです。朝・昼・おやつ・夕食、そして2次会の欄をつくり、出かける店、食べる料理を、営業時間や定休日などの情報とともに調べ上げ、万全に準備するのだそうです。名づけて「ごはんパズル」。僕は、長瀬さんのように、きっちり「ごはんパズル」を決めてはいないつもりですが、以前の「谷原書店」でご紹介した「新潟・東北ラーメン道中」を読み返してみると、……ちょっと似ているかも知れません。
じつは先日の夕方にも、横浜・磯子の有名な家系ラーメン屋さんに駆け込もうとしたら、20人ほど並んでいたので諦め、そのまま横須賀まで足を延ばし、別のラーメン屋さんへ。満腹になったその帰りにも、横浜に戻ってさらに別のラーメン屋に飛び込んできました。名づけて「ご飯パズル・ラーメン編」です。きっと長瀬さんは、「せっかく地のものを食べられるなら、そのチャンスは余さず使い切りたい」って思っていると思います。その思い、深く共感します。
さて、この本の最後の章では、ふたりの「出会い」のエピソードが記されています。SNSを介し、他人とのやり取りが便利になった今、言葉選び、強弱の付け方、距離感の見極めが、却って難しい世界になってしまったようです。そんななか絶妙で、奇跡的な言葉のキャッチボールの末、この「出会い」は実を結びました。コミュ力が高いのか、低いのか、バランスが良いのか悪いのか。きっと、出会わなかったら、お互いちょっと生きづらい人たちだったかも知れない。お互いがお互いの羅針盤になっているのが透けて見えてくる。この先、家族が増えたら、あるいはさらに転勤することになったら……。ふたりの生活が将来的にどう変わっていくのか、楽しみです。
このところ、長瀬さんのように「note」の投稿が広く読まれたり、文芸フリマに出品した冊子が編集者の目に留まったりしてデビューする作家が増えています。たとえば岸田奈美さんは、「note発エッセイスト」の象徴的存在。『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)は、車椅子に乗る母と、ダウン症の弟、亡き父との日々を綴った自伝です。
それから、小川奈緒さん。もともとファッション誌の編集者だった小川さんは、「note」や音声プラットフォーム「Voicy」などでの積極的な発信が特に女性から共感を得ています。『家で整う』(集英社クリエイティブ)は、縁側のある古い一軒家での暮らしを綴った一冊。朝から夜まで、1日の過ごし方を時間軸に沿って紹介しながら、心の安寧を保つ術について書き記しています。
そして何よりも、今回ご紹介した長瀬さんの旦那さん、相場大佑さんによる『アンモナイト学入門:殻の形から読み解く進化と生態』(誠文堂新光社)。アンモナイトの分類・進化・古生態がご専門で、「アンモナイト博士」と呼ばれる相場さんが、研究が進み、明らかになってきたアンモナイトの生態について、わかりやすく解説しています。(構成・加賀直樹)