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詩人・究極Q太郎さん、第7回大岡信賞記念寄稿 散歩の即興、気候変動とカラスの団欒と

究極Q太郎さん

 散歩をよくしていた頃、仕事がある日は、それが午後7時に終わってから歩き出し、午後11時に帰宅するように目処(めど)を立てて歩いていた。私の仕事は、地域でアパートなどを借りて一人暮らしをする重度障がい者の訪問介護で、たいがい障がい者の介護をしていると言うと、施設で働いていると思われるのだが違う。そんなこともあり、働きに行く場所も一か所ではなく、利用者それぞれの家で、それがあるのも、東武東上線の上板橋、西武池袋線沿線の大泉学園、ひばりケ丘、東久留米とその日ごとに異なっていた。そこから当時住んでいた東村山市の秋津の家まで歩いて帰るということをしていた。

 歩きだけで一番距離が遠かったのは、大泉学園から秋津の五駅分の距離を歩く行程だったが、それでも四時間はかからない。いつも歩いていると最短の道などすぐ分かってしまい、歩き慣れればなれるほど、目的地までかかる時間が短縮されていくものである。あらかじめ午後11時に着くように、四時間程かけて帰ると決めておくというのは、その最短の道から逸(そ)れて逸れて時間を稼ぐということを意味する。私はそれを「散歩のインプロヴィゼーション(即興)」と呼び、デタラメに歩くことと解したが、時には迷ってしまうということがあった。

     ◇

 休日は朝9時頃には出かけて、午後7時、8時ぐらいを目処に帰る。歩いてみたい町まで電車を使っていき、そこからはデタラメに歩いて何処(どこ)かの駅にたどり着く。後の行程は電車を使う。休日によく行っていたのが、中央線の国分寺にあるカレー屋さんで、新聞を読みながら食事をし、その後四、五時間かけて歩いて帰っていた。それもまた道をデタラメに歩き、時間を稼いでの四、五時間だった。私の散歩には、路上にいる時間をできるだけ長くするという目論(もくろ)みがあった。そうやって、できるだけ散歩に耽(ふけ)っていられる楽しい時間を引き延ばすのである。

 そんな生活を四年ほど送っていた。雪が降る日も酷暑の真夏も路上に出かけた。2019年10月に巨大台風が関東地方を直撃した日も、西武池袋線が運行停止になったことにかこつけて、雨ガッパに身を包み、仕事先のひばりケ丘から秋津まで三駅分の道のりを歩いて帰った。

散歩中に見かけた光景=究極Q太郎さん撮影

 私は英語の勉強のため、ある時から英字新聞を読むようになったのだが、それは日本の報道よりも詳しくそして強い語調で気候変動を伝えていた。地球上の生命に破局的な影響を与え、人類に存亡の危機をもたらす云々(うんぬん)。その地球温暖化のため、カリブ海でハリケーン、インド洋でサイクロン、太平洋で台風が巨大化しているという。

 実を言うと、2019年の巨大台風の中を歩いて帰ろうと思ったのは、こうした現象を自分の身をもって確認したいという気持ちがあったからである。行程の途中で三つの川を渡らねばならないのだが、そこに差し掛かるたびに川が氾濫(はんらん)しそうなほど水位が上がっていた。我が家のそばを流れる空堀川という川に濁流が流れ、川岸いっぱいに迫(せ)り上がってきているのを見た時、日頃は名前通り涸(か)れて流れがないのを見ているだけに、溢(あふ)れるのは時間の問題だと観念した。途中に通ってきた高台の住宅街の道が冠水していた。急な坂道の上なのに。その日、我が家のそばでは結局川の氾濫は起きなかったが、台風がこの先年々勢いが強くなっていくのだとしたら、やがてそれは必ず起き、備えをしなければならないと痛感させられた。

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 真夏の酷暑の中を散歩していると、エアコンが効いた部屋の中に身を潜めている人たちが見ないものを見る。路上の工事現場で働く人、ヘルメットを被(かぶ)って交通誘導をする警備員には高齢者が多く、体調を崩さないかと心配になる。またそんな現場では外国人労働者の姿をよく見かけた。少子高齢化する日本の姿があった。

 酷暑の中で見かけるカラスたちは、嘴(くちばし)を開けて暑さに喘(あえ)いで精も根も尽き果てたというふうに見える。人間にはエアコンの効いたシェルターがあるが、野生の生き物たちは逃げ場なく気候変動に曝(さら)されているのだということに気がつく。

 ところで私がよく歩いた道は、大通りよりも路地、裏道で、多くの場合どこにでもあるような住宅街の中だった。夜は特にそうだが、平日の昼間もすれ違う人が少なく、そして物音一つしないということがあった。そんな道を歩いていると、自分がこの世界にたった一人取り残されているような気持ちに襲われてくるのだった。そうして夜が来ればほぼ毎晩顔を合わせる月が、高みからそんな私を覗(のぞ)いているように思われるのだった。

     ◇

 そんな日々のある日、埼玉県の大宮の町を散歩した時のこと。夕方たどり着いたのは、氷川神社の境内の西にある駐車場で、空一面に夕焼けが広がっていた。そうして見ていると、夥(おびただ)しいカラスの群れが幾重にもいくえにも打ち寄せる波のように空を渡ってきた。

 神社の裏にある雑木林のねぐらに帰ってきたのだ。そこからカアカア、賑(にぎ)やかな鳴き声がしていた。それは、団地中の部屋から聞こえてくる一家団欒(だんらん)の話し声のようだった。むかし、私が子供の頃にでもそんな風景の中にいたことがあったのだろうか。人間がいなくなってしまったかのような静かな町の中では味わうことが絶えて久しい何か。

 確かに私はその時、人心地のようなものを覚えていたのだった。

6月に記念イベント「トークと朗読の集い」

 6月3日[水]午後6時半から東京・築地の朝日新聞東京本社内「読者ホール」で、第7回大岡信賞受賞記念イベント「『究極Q太郎詩集 散歩依存症』トークと朗読の集い」を開きます。

 詩人・究極Q太郎さんがコラムニスト・稲垣えみ子さんをトークゲストに迎え、散歩を通して見えてくる風景や、袋小路を抜け出す思考のヒントなどについて語り合い、究極さんが自作詩を朗読します。

 入場は無料。メール(bunka-event@asahi.com)でお申し込みください。件名に「究極Q太郎イベント」と明記し、氏名、住所、電話番号をお知らせください。定員100人。応募多数の場合は抽選とさせていただきます。4月中旬以降、順次、ご当選をお知らせするメールをお送りします。=朝日新聞2026年4月1日掲載