1. HOME
  2. 書評
  3. 「ヒトラーと芸術」書評 われわれの中に突き刺さる問題

「ヒトラーと芸術」書評 われわれの中に突き刺さる問題

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2026年04月04日
ヒトラーと芸術: なぜ虚構の「画家」は独裁者となったのか 著者:浜本 隆志 出版社:河出書房新社 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784309231778
発売⽇: 2026/01/27
サイズ: 13.8×19.5cm/228p

「ヒトラーと芸術」 [著]浜本隆志

 ヒトラーは画家を目指してウィーン造形美術アカデミーの受験に二度失敗。近代美術への激しい拒絶が彼の古典主義的・英雄的様式への固執となって後のナチズムの文化政策、国家構想へとつながっていくことは周知だけれど、本書の巻頭カラーで初めて見たヒトラーの絵に、僕は不思議と魅了されてしまった。
 自分の作風とは対極の古典絵画であるが、妙な親和性を抱いてしまうのはなぜ? もしかしたらこれこそ自分の本性? その本性から逃れるために異質の近代絵画へ内なる逃避をしているのではないのかと、ヒトラーの作品を前に自らの欺瞞(ぎまん)性のヤバさに直面したのでは?
 ヒトラーの受けたアカデミーは美術の多様性を認めず、シーレ、クリムトらの、古典を否定し近代を標榜(ひょうぼう)した運動体に根ざした様式に追従したために、ヒトラーはそうした作風の近代芸術を「退廃」として否定したということなのか。彼の芸術観が民族の純粋性という思想と結びつき、理想を絶対化し現実を変えようとする時、そこに暴力が発生し、破壊的な結果を伴った。
 こうしたテーマを人間の内なる幻想と考えた時、芸術と政治の関係に危うさを感じざるを得ない。その時、ヒトラーの問題は、われわれの中に問題として突き刺さってくる。
 いやー、本書に目を通すまでは、「ヒトラーと芸術」の問題には関わりたくなかったが、どうも自分の中にもヒトラーと同様の虚構がモヤモヤしていることに気付かされた。
 本書の著者は「あとがきに代えて」で、「ヒトラーは表現主義を『退廃芸術』と批判したので話はややこしい」と記されている。「ムンク、ゲッベルス、ヒトラー、ニーチェという構図は、ゲルマン的デーモニッシュな連鎖を想起させる」と。その通り。おっしゃる通り、ややこしい。ああ、急に睡魔に襲われ始めた。終わり。
    ◇
はまもと・たかし 1944年生まれ。関西大名誉教授(ドイツ文化論、比較文化論)。著書に『紋章のヨーロッパ史』など。