きっと観客も自分で推理し始める
――「推理闘技場(ミステリー・アリーナ)」を舞台に、謎解きの問題となる殺人事件が出題され、犯人が分かった解答者から早い者勝ちで解答でき、答えが合っていたら膨大な賞金がもらえる。さらに原作の"多重解決"が示されるという展開に加え、映画では、問題の書かれた本を「バイブル」とし、それをビジュアル化できる「デジャヴュ」を使って解答者の視点で映像化するなど、原作を大胆に脚色していました。
原作を読んだ時点で「これは面白いな」と思いました。ただ、最初はどうやってこれを映画にするのかなとも思いました。でも脚本を読んでみたら、とてもうまくまとめているなと思ったし、堤(幸彦)監督とまたご一緒できると聞き「やりたい」とお受けしました。
生放送の推理ショーの中に壮大なミステリー作品が絡んでいて、その話がメインかと思いきや、最後にはとてつもない様々な出来事が起きるんだけど、きっと観客のみなさんも、映画を見ながらご自身で推理し始めると思う。僕も脚本を読んで展開や結末を知っているのに、撮影しながら推理し始めちゃったりしてね(笑)。うまい作りだなと思いました。
――「あのミス」や「レジェンド」など、個性豊かな解答者が揃っていて、それぞれがどんな推理をするのかもこの作品の見どころの一つです。
各キャラクターを演じる俳優さんたちも、さすがに選び抜かれた人たちだけのことはあるなという感じで、柔軟性があってみなさん素晴らしかったです。前の解答者より、絶対に自分の方が面白くしてやろうっていう姿がモロに見えるから、お互いがお互いを高め合っていて、隣の人に負けないように演じている様子を横で見ていて「俳優ってこうあるべきだな」「美しいな」と思いました。
――役柄を越えた俳優さん同士のぶつかり合いがあったと。
俳優ってそういうところがあってね、お互い負けたくないんだよ。かといって作品の世界観は邪魔したくないから、そういうところの塩梅がよく分かっている俳優さんたちだったと思います。
堤監督作品の妙なリアリティー
――さらに映画では、解答者がボタンを押す度に樺山やアシスタントたちがキレキレのダンスをします。原作にも(脚本にも!)なかったあのダンスがクセになって、つい真似してしまいそうになりました。
そこは真似しなくていいでしょう(笑)。でも、ああいう見せ方も堤さんらしさが出ているなと思います。作中では、割と荒唐無稽な部分もあるんだけど、堤さんだからうまくまとまっていて。妙なリアリティーがあって、一歩間違えると嘘っぽくなってしまうようなところも「なんか実際にありそうだな」って見えてくるというか。そこはやっていてもすごく不思議だなと思うし、それが堤さんの世界観なのかなと思います。
――樺山は、原作では「ケケケケ」など独特の笑い方をする不気味さがあり、映画でもハイテンションかつ毒舌で解答者たちを煽り、翻弄する人物でしたが「樺山桃太郎」をどう解釈して演じられたのでしょうか。
原作を読んでいても「こいつ、狂っているな」とすごく感じたので、なるべくその部分を表現しようと思っていましたが、彼のバックグラウンドというものは全く分からないんだよね。ただ、彼なりの正義があるんだけど、それはちょっと歪んだ思想なんですよ。それで何をしてもいいという理屈にはならないし、正義をはき違えているところがあって、思い込みが彼の中で正義になり、正しいことになってしまっている。なので、この人は「完全なる犯罪者」だと思います。ずっと“一人の人”なんだろうね。
気がついたら、とんでもないことに
――後半では、一子(芦田愛菜)たちによって、番組の裏側や「仕掛け」が暴かれていきます。
樺山にとっては初めてのことだから内心では焦っていたんじゃないかな。自分が司会を務めるこの推理ショーだって、毎年やって今まではうまくいってたわけだし、視聴者は表面のことしか知らないからね。
なので、この映画もなんの猜疑心も持たず、最初から素直に見てもらえれば、みなさん勝手に推理し始めて、樺山に引っかき回されながらどんどんハマっていくと思う。そうしていくうちに、実はとんでもないことが裏では起こっていたというところまでたどり着けば、もうあっという間に終わってしまいますよ。
――樺山として周りの人たちを引っかき回してみて、いかがでしたか?
樺山は目くらましみたいなパートだから「なんかこいつ、ヤバいことやっているな」みたいな雰囲気を、早い段階からみなさん察知すると思うんです。それがバレないように引っかき回しているようなもんじゃない? なので、表向きでは「なんだか嫌なやつだな」「パワハラだな」とかいろいろな思いや感情を持ってもらえれば、他のところには目がいかないから。それで気がついたら、とんでもないことになっている。
――今まで様々な役を演じられてこられましたが、今回の樺山桃太郎を演じてみて、どんなところに面白さや魅力を感じましたか?
思い切って嫌われ役をやる機会というのは滅多にないからね。でもやっぱり面白いなと思いました。ただ、原作をいかしてやると、ちょっと気味の悪い、気持ち悪い男になる。そうなると、曲がりなりにも毎年この推理ショーを引っ張っているような人物にはあまり見えなかったんですよ。
イメージ的には「もっと勢いがあって、もっとヤバいやつ」というのが自分なりの解釈で、本当に小ずるい男なんだよ。ネタバレになるからこれ以上は言えないけど、最後の最後まで視聴者と映画の観客をもバカにしているからね。
台本を繰り返して読んで分かる「問題点」
――作中では「バイブル」の読み手も担っていました。「読み手の解釈によって同じ文面でも別の映像がイメージされてしまう」といったセリフもありましたが、文章や文脈を読み解くことは、俳優のお仕事にも共通することかと思います。
俳優はとにかく、ずっと台本を読まないとダメでしょう。小説みたいに、1回読んだら主人公が頭の中で動き出して、そこから共演者もいろいろ動き出したりするけど、僕らの仕事の場合は、頭から台本を読んで、また頭から読んでということを何十回、何百回繰り返さないといけない。そうやっていると、たまに引っかかる時がある。そこが台本的に何か問題があるところなので、それが何もない本っていうのはないんです。それを見つけて解決していくっていうことかな。
――そこに気づくには、何度も読み返すことが必要なんですね。
普通はみんな自分の役のところしか読まないけどね。
憧れのブルース・リーに導かれた哲学
――今作はミステリーが原作でしたが、普段はどんな本を読みますか?
ミステリーは好きだけど、最近は台本ばかりであまり本を読んでいない。ただ、僕は子どもの頃、ブルース・リーが好きでね。ヌンチャクを回して「アチョー!」と言っている時に、彼に関するものをいろいろ読んでいたんです。ブルース・リーってワシントン大学の哲学科に進学したんだけど、小学生の時にそれを知って「哲学って何だろう?」と思って書店に行ったら、哲学のコーナーがあって。当時は大型のハードカバーしかなくて、それを読んでみたんだけど、一行で済むようなことを3ページぐらいかけて言っているような感じ何だかよく分からなかった。「これは自分にはダメだ、まだ子どもだし向いてないんだ」って思っていたんだけど、一人だけハマる哲学者がいて、今でも好きですよ。
――それはどなたですか?
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。ニーチェってとても現実主義だから、読んでいて分かりやすいんだよね。いいことを言っていたりするし、中でも『超訳 ニーチェの言葉』は分かりやすかったです。あとは随分前に、塩野七生さんの本をよく読みました。
――ローマ帝国興亡の歴史を描く代表作「ローマ人の物語」など、半世紀以上にわたって執筆活動を続けている作家さんですね。
塩野さんの本はドキュメンタリーみたいな感じで面白かったな。やっぱりローマ帝国ってすごいじゃない。その時代にどうやって人々が暮らしていたのかとか。水道のインフラとかも、あの時代にもうできているわけ。すごいよね。
――本つながりで言いますと、唐沢さんが1996年に出版したエッセイ『ふたり』があります。これはどういった経緯だったのですか?
この本はまだ僕が無名だった頃に、当時テレビ雑誌にいた編集者が、僕が普段から面白おかしく話していた自分の昔のことを「内容が面白いから唐沢さんの昔話を本にしない?」と言われて始まった企画なんです。
――それから30年経ちましたけど、第2弾とかいかがです?
それはないんじゃないかな。まぁ、芸能界の裏話とかだったら面白いかもしれないけど(笑)。でもおかげさまで結構売れたみたいで、高校の副読本にも採用されたって聞いたな。でも、出版する前にこの本の印税は全部いろいろな人に分けちゃいましたね。
――あとがきで「そして今、自分の中の『唐沢寿明』(芸名)と『唐沢潔』(本名)という「ふたり」の距離を徐々に埋めていきたい。そのふたつが一体になったとき、はじめて本当の役者に近づけるのではないか。そう思う」という言葉で締めていましたが、今、ご自身の中での「ふたり」の距離はまだありますか?
多分ね、これは別なんです。「寿明」は働いていなきゃいけないけど、「潔」の方はプライベートな部分を大事にしていかなきゃいけないから、今はその両輪だね。この時はちょっと考え方が違かったのかもしれない。だから、時期にもよるんじゃないかな。俳優は演技だけじゃなく、プライベートを楽しむこともとても大切なことだからね。