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「ゴリラのはなくそ」田中尚人さん、堀川理万子さんインタビュー 絵本の原点に回帰 みんなで笑い合えるツールに

『ゴリラのはなくそ』(あすなろ書房)より

恥ずかしいワードが会話の糸口に

―― 田中さんは長年、絵本編集者として活動されていますが、作家として絵本に関わるのは今回が初めてですね。『ゴリラのはなくそ』のアイデアはどのように生まれたのでしょうか。

田中尚人さん(以下、田中) 以前から絵本のアイデアをノートに書き留めていて、『ゴリラのはなくそ』もその中の一つでした。3年ほど前、そのノートの存在をフリー編集者の沖本敦子さんに話したことから、企画がスタートしたんです。

 この絵本の一番の狙いは、会話のやりとりをいかに面白くできるか。子どもに「今日、学校どうだった?」と聞いても、「普通」とか「別に」みたいな返答しか戻ってこなかったりするでしょう。「友達とは楽しく遊んだ?」「普通」なんて感じで、ラリーが続かない。大人だって、「今日、会社どうだった?」なんて子どもに聞かれたら、「まぁ、いつも通りかな」と答えるしかないから、会話はそれで終わってしまいますよね。そもそも質問自体がつまらないっていうのもあるかもしれません。相手の口を開かせるためには、何かしらの仕掛けが必要なんだろうなと思いました。

 そこで思い出したのが、小学生のときに友達と盛り上がったやりとり遊び。一方が「カレー味のうんこと、うんこ味のカレー、食べるならどっち?」といった質問を投げかけて、聞かれた方は必ずどちらか答えるという、いわゆる究極の選択です。どっちも絶対嫌なんだけれど、苦し紛れでもどうにか選ばないといけない。これって会話をひねり出すきっかけになるなと思ったんです。答えたくないものをあえて言わせることで、口を開かせることができるんじゃないかなと。

『ゴリラのはなくそ』(あすなろ書房)より

 子どもって「うんこ」「おしり」といった尾籠(びろう)なワードが大好きじゃないですか。小さい頃はそんな単語を道端でも叫んでいたのに、いつの間にか言わなくなってしまいますよね。まぁ僕は脳みそが小学4年生のままなので、今でもお酒が入れば言いますけど(笑)。鼻くそも、年齢が上がるにつれて抵抗感が増す、恥ずかしいワードのひとつ。それがゴリラの鼻から出てきた鼻くそだったら、イメージとしてより凄みが増すなと思ったんです。こんな風にして、読者に「ゴリラのはなくそ」と答えさせる絵本のアイデアが生まれました。

―― 最初から参加型の絵本を考えていたんですね。

田中 そうですね。僕は2003年からかれこれ23年、「パパ's 絵本プロジェクト」として全国の書店や図書館などで絵本ライブをしてきました。もともと一人の父親として、子どもに絵本を読んできたことがベースとなっていますが、これらの経験から感じたのは、絵本の原点はコミュニケーションのためのツールだということです。

 初めての絵本はたいてい、お父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんといった身近な誰かが読んでくれて、それを受け取るというところから始まりますよね。読み手と聞き手の二人でスタートして、そこからどんどん絵本の世界が広がっていくと思うんです。でも、最初の段階で絵本の面白さを感じることができなければ、その先の本の世界への道が断たれてしまう。だからまずは、絵本を高尚な文学などと捉えるのでなく、気軽なコミュニケーションツールとして、とことん楽しんでもらうことから始めてほしいなと思うんですよ。そのためにも、自分が作者として絵本を作るなら、やりとりを盛り上げてくれる参加型の絵本にしたいと思っていました。

―― 何を聞かれても「ゴリラのはなくそ」と答えるよう、半ば強制的に約束させられると、そこからゴリラの質問攻めが始まります。質問の内容は、朝ごはんに食べたものや昨日見た夢などの気軽なものから、「世界で一番大事なものは?」といった深いものまでバラエティに富んでいますが、読者はどの問いに対しても「ゴリラのはなくそ」と答える羽目になります。

田中 質問はもっとたくさん考えたんですが、そこから11個まで削っていきました。最初は身近なものについての質問から始まって、そこからだんだん世の中に対しての広い問いかけや、深く考えさせる哲学的な問いかけになっていくよう順番を工夫しています。

墨とスポンジでゴリラを表現

『ゴリラのはなくそ』(あすなろ書房)より

―― 絵を堀川さんに頼むことになった経緯は?

田中 この絵本の絵は、特別な力がないと描けないだろうなと思っていました。というのも、テキスト通りにゴリラや鼻くそを描くだけだと、ただの下品な話になってしまうから。テキストと交差するようでしないようで、でもどこかで一致して……というのを、絵本の絵としてページ割りも含めて表現してくださる方は少ないだろうなと考えていたんです。

 でもちょうどその頃、僕が編集者として携わっている別の本の企画で、理万子さんとやりとりを重ねていて、今なら理万子さん、『ゴリラのはなくそ』を面白がってくれるかもしれないなと。編集の沖本さんに提案したら、「坪田譲治文学賞や巌谷小波文芸賞を受賞した作家さんが? ほんとですか?」って驚いてましたけどね。

――『海のアトリエ』(偕成社)や『いま、日本は戦争をしている』(小峰書店)から『ゴリラのはなくそ』まで……堀川さんの振り幅の大きさに驚かされます。堀川さんは『ゴリラのはなくそ』のテキストを初めて見たとき、どんな風に感じましたか。

堀川理万子さん(以下、堀川) すごく笑ったし、これに絵を描かせてもらえるなんてうれしい!と思いました。しかも、「私の自由に描いていいの?」と聞いたら、むしろそうしてほしいと言ってくれたので、すぐさまお引き受けしたんです。その前に描いていた『いま、日本は戦争をしている』で苦労した分、のびのびと自由に楽しんで描けるのがうれしかったんですよね。

―― ゴリラは墨を使って描かれたそうですね。

堀川 最初はもっと普通に描くつもりだったんですが、テキストを読み込むうちに、ゴリラや鼻くそをもっと抽象化しないと描けないなと気づいたんです。

『ゴリラのはなくそ』(あすなろ書房)より

 このゴリラは、本物のゴリラと違って言葉を話しますが、擬人化されたゴリラというわけでもなくて、なんというか、人とゴリラの中間にいる、不思議な存在なんですよね。だからリアルに描くのではなく、むしろできるだけシンプルに、色も背景も極力排除して、読者の好きなように重量感やにおいなどを想像してもらった方がいいんじゃないかなと思いました。

 そこで思いついたのが墨です。墨の黒が紙ににじむ感じが素敵だなと思って。画仙紙を買ってきて、手持ちの中国の古墨を擦って描いてみたら、いい具合に和モダンなタッチになりました。最初は筆や刷毛を使って描いてみたんですが、なんか違うなと思って、試しにスポンジを使ってみたら、ゴリラの硬い毛並みがうまく出せました。台所用のスポンジの角を少し丸くカットして、墨でシャシャシャッとゴリラのフォルムを描いて、その上に黒のクレヨンで線を描き加えています。

―― 油絵具やアクリルなら上から色を重ねて塗り直すこともできますが、墨はにじみやかすれも含めて一発勝負ですよね。

堀川 そうなんです。だから今回は、ものすごくたくさん描きました。こういう手数の少ないものって、本当に難しいんですよね。手数が多いものは塗り重ねていけば必ずなんとかなるんですけど、余分なものを削いでシンプルに描くものって、なかなか自分の納得いく表現まで到達できなくて。1枚1枚はすぐ描けるんですが、いくらやってもうまくいかなくて、何度も描き直すうちによくわからなくなってしまったり……。何十枚と描いた中から、このゴリラでいこう!と選んでいった感じです。

テキストと絵の程よい距離感とは

―― テキストも絵もシンプルですが、笑いのツボを絶妙に刺激する絵本になりました。

堀川 絵を描く上で意識したのは、テキストとどのくらい離せるか。説明っぽい絵にはしない方が面白いけれど、テキストと一致しているページも少しはあった方がいいと思ったんです。その塩梅を考えるのが本当に楽しかったですね。

このページではテキストと絵が完全一致。ゴリラはもっと引きで描いていたが、デザインの際に大胆にトリミングすることで、よりインパクトのあるゴリラとなった。『ゴリラのはなくそ』(あすなろ書房)より

田中 テキストと絵の距離感は、作為的にやればやるほど読者を疲れさせてしまう可能性があるので、難しいんですよね。

 たとえば「僕は焼き鳥が大好きです」というテキストがあったとして、そこで僕が中ジョッキ片手に焼き鳥を食べている絵を添えるのが、普通の絵本に求められるテキストと絵の関係。つまり、絵はテキストの説明をしていて、まったく同じ時間がシンクロしているという関係性ですね。

 でも「僕は焼き鳥が大好きです」というテキストに、ちょっとうつむき加減でスパゲッティを食べる僕が描かれていたとしたら、ああ、焼き鳥は食べられなかったのか、とか、店を探したけどたどり着けなくて、仕方なくスパゲッティを食べてるんだな、とか、読者は頭の中でいろいろと考えなくちゃいけない。絵を見て想像して、自分でストーリーを作っていくから、ページの中にとどまる時間も長くなりますが、全ページその調子だと読者は疲れてしまう。かといって、全部が全部テキスト通りの絵だと、教科書的でつまらないんですよね。

 それがこの絵本では、テキストと絵がとてもいい距離感で噛みあったので、面白く仕上がったんだなと感じています。理万子さんのおかげですね。

―― テキストと絵に加えてもうひとつ、笑いの要素となっているのが、ページの隅に押された落款。「わたくそは ゴリラです」という最初の見開きには「ゴ」と押されていたり、「はい。これは なあに?」とゴリラが鼻くそを指さしているページには「王道」と押されていたり。深読みもできそうで、思わず見入ってしまいます。

堀川 もともとはんこが好きってこともあって、和モダン感を高めるために「はんこ彫って押してもいい?」と自分から提案しました。どんな言葉を彫るかも勝手に考えていいかと聞いたら、どうぞどうぞと言ってもらって。

絵本の中で使用した消しゴムはんこ=加治佐志津 撮影

田中 3段階の解釈のアプローチがありますよね。テキストと、テキストを超えた絵、さらにふとページの隅を見ると、意味ありげな落款があるという。改めて聞きますけど、「ポケットに かくしているもの なあに?」のはんこが「禅」なのは、ポケットの中は空みたいな意味ですか? 色即是空、みたいな。

堀川 禅問答みたいなので「禅」としたんですけど、そういう解釈もいいですね。特に何の意味もないんだなって思ってもらってもいいし。自由に楽しんでもらえたらうれしいです。

『ゴリラのはなくそ』(あすなろ書房)より

硬直した口を開かせるエクササイズに

―― 読み方のコツなどありますか。

田中 「パパ's 絵本プロジェクト」でもすでに数回読みましたが、かなり盛り上がりましたよ。ゴリラっぽい声を出したり、逆に紳士的な声で上品に読んでみたりと、いろんな読み方を試してみましたけど、無理してゴリラに近づける必要はないなと感じましたね。何者なんだこいつ、くらいの口調の方が子どもたちのウケがよかったなと。帰り際には「鼻くそのおじさん、今日はありがとう!」と声をかけられました(笑)。

―― 私は夫や中学生の息子に「ゴリラのはなくそ」と言わせて楽しませてもらいました。息子は「きみの なまえは?」のところで若干言い淀んでいましたが(笑)。

田中 そんなの絶対言うもんか!と抵抗する子もいますけど、そんな反応も含めて面白いですよね。絵本の中にはないオリジナルの問いを投げかけてみてもらってもいいですし。

―― 子どもが「はなくそ」「おしり」などと騒ぎ出すと、すぐさま親のしつけが悪いと批判を浴びかねない昨今ですが、あえて今『ゴリラのはなくそ』を出す意味をどんなところに感じていますか。

田中 日本には黙して語らずという美徳もありますが、声に出すからこそ伝わることってたくさんあると思うんですよ。この絵本は、硬直した口を開かせるためのエクササイズになればと思って作りました。絵本をきっかけに笑い合えれば、きっと次の会話もできるはず。「鼻くそ~!」と大きな声で言うと、心がどんどん解放されますしね。笑い合うためのツールとして、大いに活用してもらえたらうれしいです。