ジャンル小説史続々 ミステリー、ホラー、ラノベ…
ミステリーやホラーといったジャンル小説の歴史を概観する書籍が相次いでいる。いずれも先行研究を踏まえ、令和の読者に過去の名作への扉を開く労作だ。
ミステリ評論家、若林踏さんの「日本ミステリ新世紀MAP」(実業之日本社)は、この四半世紀のミステリー小説の潮流を一望する一冊だ。時系列でトピックを振り返りながら、伊坂幸太郎ら2000年以降にデビューした注目作家31人の軌跡をたどっている。
1986年生まれの若林さんが系統的にミステリーを読み始めたのはゼロ年代に入ってから。「ミステリー小説の範囲が肥大化していて、いろんなサブジャンルが生まれていたころでした。全体像を見通せるように、一度整理したかった」と話すとおり、「警察小説」「イヤミス」「仕事小説」「キャラミス」といった、はやりの宣伝文句でくくられた作品群の特徴について、社会背景とともに考察している。
執筆にあたっては千街晶之・福井健太編「ニューウエイヴ・ミステリ読本」(97年)が念頭にあった。87年の綾辻行人「十角館の殺人」に始まった新本格ミステリーの書き手を中心に、新世代の作家たちの作品に着目したガイド本だ。
「あの本の続きを書きたかった。とりわけ90年代以降、マンガやアニメ、ゲームといった小説以外のメディアがミステリーに及ぼした影響についても意識的にふれています」
そもそも若林さんにとって、ミステリーとそれ以外を分かつ定義は何なのか。
「これは何だろうっていう、人間の中にある謎に対する興味、あるいはその逆の不安や焦りみたいなものを生み出す技巧が使われている小説だと思ってます。もちろん純文学でもそうした技巧は使われますが、その濃度が高いのがミステリーではないでしょうか」
この四半世紀、アメリカ同時多発テロに始まり、東日本大震災、コロナ禍といった歴史的な出来事が相次いだ。社会を大きく揺るがせた出来事がミステリーに及ぼした影響についても目配りしている。多作で知られる中山七里を取り上げた欄で、震災小説として〈未読のひとがいたら、このシリーズから入ることを薦めたい〉と「護(まも)られなかった者たちへ」(18年)に始まる「宮城県警」シリーズをあげるあたりに見識と確かな視座がうかがえる。
「いったん整理はできたという達成感があると同時に、これを出発点に名探偵論のような個々のテーマの掘り下げをしていきたい。何より、読んでくれた若い方が議論の土台にしてくれればいいなと思ってます」
令和の世にブームを巻き起こしているホラー分野では、怪奇幻想ライターの朝宮運河さんによる「日本ホラー小説史」(平凡社新書)が出た。1948~49年にかけて江戸川乱歩が「宝石」誌に発表したエッセー「怪談入門」を起点に、近年のモキュメンタリー(フェイク・ドキュメンタリー)の流行まで約80年の歴史をコンパクトにまとめている。
国内の名作群を海外作品の受容史と並行して記しており、ホラーの多様性が浮かび上がる。参考文献としてあげている須永朝彦「日本幻想文学史」や東雅夫「怪談文芸ハンドブック」などを継ぐ、ホラー文学史の定番になりそうだ。
「ライトノベル大全」(時事通信社)は77年の高千穂遙「クラッシャージョウ」を皮切りに約半世紀の間に刊行された500の重要作を約30人の識者が紹介している。ラノベは日本のポップカルチャーで重要な役割を担うジャンルでありながら、発起人の編集者、中津宗一郎氏の序文にあるとおり、〈功績を歴史的・文化的視点から讃(たた)える恒常的な文学賞が存在しない〉。時系列で1作品を半ページずつ紹介しているが、「スレイヤーズ!」(90年)、「ブギーポップは笑わない」(98年)、「涼宮ハルヒの憂鬱(ゆううつ)」(2003年)、「ソードアート・オンライン」(09年)など、メディアミックスに成功し、文芸を超えて影響を及ぼした名作には多めの紙幅を割いている。(野波健祐)=朝日新聞2026年4月22日掲載