ISBN: 9784309039831
発売⽇: 2026/01/26
サイズ: 12.9×18.8cm/272p
「うた子と獅子男」 [著]古谷田奈月
女子高生のうた子は不良に扮して中学生をカツアゲ中、大きくて強そうな男につかまった。獅子男と名乗るその男は、うた子に履歴書の書き方を教え、自分が働く居酒屋を紹介し、以来二人の間には奇妙な師弟関係が生まれる。「生きた魚のような目」をした挙動が危なっかしいうた子とクールで面倒見のいい獅子男。都会の片隅を生き抜く二人の物語は、力と身体とストリートの叡智(えいち)がせめぎ合う内なる抗争の記録でもあり、その不穏な熱気から目が離せない。
仕事を始めた当初、やたらと店内交通事故を起こしていたうた子に、獅子男は「自分は今ここにいる」という身体意識を叩(たた)き込む。獅子男の教えを受け、それまで体に無頓着だったうた子は初めて自分が実体を持って世界と結びつけられるのを感じる。「気付いたらあった肉」くらいにしか認識できず、ずっと世界にお預けにされていた体を、全幅の信頼をおける他者の手を借り彼女が力強くもぎ取っていくさまは、ひたすらに爽快だ。しかしある出来事をきっかけに、うた子は再び自らの体とはぐれてしまう。十五年後、一児の父親になった獅子男とうた子の間には、微妙な隔たりが生じているように見える。
エネルギッシュなうた子の生命力が弾(はじ)ける前半部と対照的に、二人の中年期を回想もまじえて描く中盤以降には、後悔や傷を抱えて生きる体のいいようのない孤独が浮かびあがる。それでも、若き日の二人が地元のヤンキー集団に追われ街を全力疾走する場面には、未来の影さえ焼き尽くすほどの強烈な命の炎が燃えたっている。獅子男が「走れ!」と叫び、うた子が走る、それだけで読んでいるこちらの脇腹も熱くなり、胸が高鳴るのだ。その後行き着く川べりの場面はとりわけ忘れ難い。血と汗に塗(まみ)れ、法と無法の境目で取っ組みあいながら笑う二人の姿からは、絆という言葉さえ食い破るほどの凶暴な幸福が溢(あふ)れていて、ただただまばゆい。
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こやた・なつき 1981年生まれ。作家。『リリース』で織田作之助賞、『無限の玄』で三島賞。『神前酔狂宴』など。