ISBN: 9784000617468
発売⽇: 2026/03/21
サイズ: 1.6×18.8cm/224p
「アントレプレナーシップの経済思想」 [著]御崎加代子
大多数の人間は、自己利益の最大化のために合理的に行動する。近代以降の経済学は、こうした人間を経済人(ホモエコノミクス)と呼び、理論の前提に据えてきた。政治学においても同様の理論は存在するが、幸か不幸か、支配欲・憎悪・熱狂といった不合理な情念を相手にせざるを得ないことも多い。
だが、本書を読むと合理的経済人を中軸におく経済学だけが経済学ではないことがよく分かる。なるほど、シュンペーターが「創造的破壊」を行うアントレプレナー(著者はこれを「起業家」ではなく「企業者」と訳す)を高く評価したことはよく知られている。安定志向の経済人ではなく、天才的ひらめきや強靱(きょうじん)な精神が経済を革新するというのである。ところが今日では、企業者への関心は、ベンチャー起業論などの経営学の領域に吸収されがちで、経済学はこの問題をまともに扱わなくなってしまった。
それに不満を抱く著者は、企業者をめぐる18世紀以降の経済学史を掘り起こす。まず、カンティロン、セー、ワルラスのようなフランス語で書かれた経済論の系譜に光が当たる。その最も重要な貢献は、企業者を、階級や職業ではなく、一つの機能とみた点にある。つまり、さまざまな職種において、企業者とそうでない者が混在する。
企業者論の二大巨頭シュンペーターとカーズナーの対比も鮮やかである。均衡の攪乱(かくらん)者か、不均衡の是正者か。創造に喜びを覚える者か、チャンスを機敏に発見する者か。両者の企業者像はかなり異なるが、いずれも合理的経済人だけでは資本主義が維持できないことを解明した。
経済も政治と同様、その内部に不合理な情念を抱え込む。それは経済をダイナミックに変化させる動因となるが、格差の助長といった負の側面もともなう。だからこそ、著者は未完に終わったとは言え、その両面を見通していたワルラスを高く評価するのであろう。
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みさき・かよこ 1962年生まれ。滋賀大教授(経済学)。著書に『ワルラスの経済思想』『フランス経済学史』など。