夕木春央さんの読んできた本たち 乱歩、山田風太郎、連城三紀彦に導かれてミステリの世界へ
――いちばん古い読書の記憶を教えてください。
夕木:絵本みたいなものは別として記憶に残っている範囲でいうと、江戸川乱歩の『幽鬼の塔』を子供向けにリライトしたものですね。それが家にあって、小学校低学年くらいの頃に手に取った記憶があります。
他にその当時読んだ本で憶えているものは、講談社から出ていた、海外の古典の冒険小説みたいなものの子供向けシリーズですね。ウェルズの『タイム・マシン』やドイルの『失われた世界』などを読んだ記憶があります。
――『幽鬼の塔』を子供向けにリライトしたものというと、ポプラ社の少年探偵団シリーズに入っていたものでしょうか。今は絶版になっていると思いますが。
夕木:そうです。少年探偵団のシリーズは、今は全26冊ですが昔は全46冊あったんですよね。後半は大人向けのものを無理やり子供向けにした感じで、今思うとびっくりするような残虐なものもありましたが、一応児童書の顔をしているから両親の目を気にすることもなく読んでいました。
その本がどうして家にあったのかは記憶が曖昧です。家族が図書室から借りてきたものだったかもしれません。当時27巻以降は買おうとしてももう新刊では見つけられませんでしたが、学校の図書室にいくと全部揃っていました。
――本を読むのが好きな子供でしたか。
夕木:そうですね。家が厳しくて漫画などは読ませてもらえなかったので、娯楽の中心は本でした。ただ、存命作家のものはほとんどありませんでした。
自分もあまり現代を書いた本には関心がなかったですね。特に乱歩に惹かれたのは、現代とは違うけれど確実に存在した世界が書かれているところだったと思います。時間軸は違うけれども、まぎれもなく現実をベースにしてああいう世界が書かれているということが面白かったんでしょう。
――読む本はエンタメ系の小説が多かったのですか。
夕木:そうですね。あとは図鑑をよく読んでいました。鳥類図鑑とか、魚類図鑑みたいなものとか。
――学校の国語の授業や作文は好きでしたか。
夕木:国語の授業は好きなほうだったと思いますね。作文も、そんなに苦労した覚えがないので好きだったんだと思います。
――放課後はどのように過ごすことが多かったですか。
夕木:本を読んでいることが多かったです。それと、パズルの類が好きで、よく遊んでいました。
――振り返ってみて、どんな子供だったと思いますか。
夕木:おとなしかったと思いますね。もう世に出ている情報なのでお話ししますと、当時うちはいわゆる新興宗教の家庭でして。ある種、その思想教義がベースにあって、真面目にその信仰に沿った生活をしていました。そういう意味でも、おとなしかったと思います。
――生活習慣にもいろいろ制限があったのですか。
夕木:そういう家庭は漫画、アニメが駄目な場合が多いんですよね。ただ、当時のことは自分の中である種封じ込めているので、はっきりしない部分があります。まあ、影響として残っているのは、10代の半ばくらいに信仰を失った時の現実崩壊感ですね。それはいまだに自分の根底に残っています。小説を書こうかなと思ったのも、その影響が相当あったと思います。
――その後もずっと古典的な作品を読んでいたのですか。
夕木:リアルタイムの本に触れるということは全然してこなかったんですよね。小説を書くことを仕事にするようになってからようやく「今どういう本が話題になっているのか見てみよう」ということで手に取るようになった感じです。それまでは本当に古い本しか手に取っていなかったし、なんなら10代の頃は「面白い小説を書く作家はもう絶滅した」と思っていたんですよ。だんだんそうじゃないと分かってくるんですけれど。それくらい、古い作家にしか目が向いていませんでした。
――では、他にどんな作品を読まれたのですか。
夕木:家にあった本を読むことが多かったんですが、クリスティーも小学生の頃にたまたま家にぽんと置かれてあった『茶色の服を着た男』だけ、その頃に読みました。
たぶん母が読んでいた本だったんだと思います。親戚に結構ミステリが好きな人がいて、そこから流れてきた本もちらほらありました。
『茶色の服を着た男』は面白く読んだはずなんですけれど、本当に断片的にしか憶えていないんです。地下鉄のホームのシーンがあった気がするなとか、最後どこか遠いところに行った気がするな、とか。
――中学生になってから、読書にはなにか変化がありましたか。
夕木:中学の頃は、小学生の時ほど読まなかったかもしれません。中学の頃は、いわゆる宗教活動を熱心にやらされていたので。そこから離れた時に読書を再開しました。
――宗教活動から離れたのは、なにかきっかけがあったのでしょうか。
夕木:ちょっと違和感をおぼえる出来事があり、そこから徐々に自分の中でいろんなものが覆っていった、という感じです。教団の中で教えていることと、その中の人たちがやっていることの行動にずれをおぼえたというか。それが少しずつ膨らんでいった感じです。
ただ、違和感をおぼえたところで、10代の頃は何をしていいか分からない状態が続き、その影響で学校にも行かず、ほぼ本を読むことしかしていない時期が数年間ありました。
――十代半ばから学校に通わなくなった、ということですか。
夕木:そうですね。家族に味方がいないなか、両親と喧嘩しながら家にいました。ただまあ未成年なので、簡単に家を出るというふうにもいかず。しかたなく本を読んでいました。
――その頃は、どのような本を読んでいたのですか。
夕木:乱歩の大人向けの作品ですね。乱歩の本はどの古本屋にも必ずあったので、それを買って読んでいました。大人向けの乱歩の作品はもう、なんでも好きでした。完成度の高い短篇も好きだし、世間的にはあまり評価が高くない通俗長篇みたいなものも結構楽しんでいました。
――乱歩は作品数が多いですから、古書店に行ってはまだ読んでいない乱歩作品を探すような感じだったのですか。
夕木:そうです。春陽堂の、黒の背表紙に赤い文字でタイトルが書かれた文庫なんかを買っていました。当時、古本は1冊100円くらいで買えたので。
――なぜそこまで乱歩の世界に惹かれたんでしょう。
夕木:たぶんですけれど、家にもともと現代の本がなかったのは、それがあんまり良くないものとされていたからなんです。古いものだとある種風化しているので、読んでもよい、と。それこそ戦時下に探偵小説が風紀紊乱として忌避されて時代ものの捕り物帖なんかが書かれていたことと近い現象が家で起こっていたと思います。昔のものなら現代と関係ないから、みたいな感じで許されていた面がありました。
自分も、現代の話を読むのがつらかったんですよね。あまりにも自分の苦しみとは関係のないことが書かれているので。自分の住む時代と隔絶した世界のお話のほうが、ある種の現実逃避として読めたんです。そういう意味でも、乱歩は全作品が好き、というところがあります。
明治大正くらいの、いわゆる戦前の封建的な価値観は、現代の価値観より自分が直面している現実に近かったこともありますね。自分と関係のない世界が描かれているから現実逃避できたと言いましたけれど、価値観みたいなところでは自分にとって、より身近でした。自分に重ね合わせて読むわけでははないにせよ、間違いなく、落ち着いていられる時間として、読書の時間がありました。
――その頃、自分でもなにか書いてみたいなと思っていましたか。
夕木:きっとその頃から、いずれ書こうと思っていたんですよね。でも10代のうちは「まだ書けないだろうから、もうちょっといろいろ読んだりしてからにしよう」というふうに思っていました。ただ、頭の中では「こういう話はどうか」みたいなことはずっと考えていました。実作を始めたのは20歳過ぎてからだったんですけれど。
――中学校を終えて、高校には行かずに?
夕木:そうです。完全に無気力になってしまって。両親は高校に行かせようとしていたはずですがそうもいかず、家にいました。本を読む以外、何かをやる気もなく。人の少ないときを選んで散歩をしたりとかはしました。
――ご両親との確執もあるなか、大変だったのではないかと思ってしまうのですが。
夕木:まあ大変でした。紆余曲折あって20歳くらいの時に家を出ました。今はもう、いろんなことが解消していて、両親との関係も改善されています。
――では、10代半ばからの読書といいますと。
夕木:その頃は乱歩以外の変格探偵小説を読んでいました。有名なところでいうと夢野久作とか、小栗虫太郎とか。それこそ夢野久作の『ドグラ・マグラ』はそういう時期、そういう状況で読むとすごく効くんですよ。あれは絶対的な影響を受けた作品のひとつです。
その流れで「新青年」など戦前の雑誌に掲載された作品のアンソロジーを買って読んでいました。たしか70年代くらいに戦前の怪奇幻想もののリバイバルがあって、結構いろんなところから出ていたんです。
鮎川哲也も双葉社から『怪奇探偵小説集』(現在ハルキ文庫から復刊)を全3巻で作っていて、それがすごくいい内容でした。
――海外作品はいかがですか。
夕木:10代のその頃、いちばん古典文学を読んでいました。スタンダールの『赤と黒』はラストシーンがものすごく鮮烈でした。他にはドストエフスキーの『罪と罰』とか『カラマーゾフの兄弟』とか。作中の要素要素はいまだに自分の中に残っているんですが、10代の頃に読んでどこまで理解していたか微妙なので、今感想を言うとボロが出そうです(笑)。
――ちなみにその頃は、本格や新本格にはまったく触れず?
夕木:何も知らずに怪奇幻想ものを読んでいました。いわゆる本格に出合ったのは、怪奇幻想ものの流れで戦後の横溝正史作品を読んで、ですね。こういうものがあるんだと思って、そこから高木彬光、山田風太郎に触れて、いわゆる黄金期の本格の古典を読み、さらに遡ってポーなどを読みました。ミステリは特に、有名作を年代順に古いものから少しずつ順に読んできたところがありますね。
この頃に読んだ大坪砂男の『天狗』という短篇は強烈に印象に残っています。かまいたちに遭ったような感覚でした。一体何を読まされたんだ、となるようなお話なんですけれども。たったこれだけの分量でこんな衝撃を残すことができるのか、という短篇でした。
――高木彬光や山田風太郎はどの作品好きですか。
夕木:高木彬光は、本格ミステリとしてはやっぱり、よく言われる『人形はなぜ殺される』がいちばん印象に残っています。高木彬光はとにかく作品数が多いですよね。角川文庫でも80冊くらいありました。昔は時間が無限にあると思って順番に読んでいたんですけれど、途中でこれは限りがないと気づいてやめました。好みの作品を挙げると、定番ですが『白昼の死角』。それと、『密告者』という長編がすごく好きです。なぜ好きかを説明してしまうとネタばらしになってしまうんですけれど。高木彬光はすごく器用にいろんなものを書いているようである種ベースにいわゆる古典的な本格の発想があった人だと思っています。『密告者』はそういう作家性が浮き彫りになった長篇なんですよね。
――山田風太郎はどうですか。彼もいろんな作風の作品を書いていますよね。
夕木:僕の中では山田風太郎はミステリ作家としての印象がいちばん強いです。『妖異金瓶梅』や『明治断頭台』は、今自分がミステリの打ち合わせをしていてもしょっちゅう引き合いに出してしまいます。すごく型破りな発想で書かれたミステリなんですよね。具体的に説明するとネタバレになるので記事には書けないと思いますが、めちゃくちゃ影響を受けています。
――ではミステリの書き手として影響を受けているのは、山田風太郎になりますか。
夕木:いちばんに出てくるのは山田風太郎かなと思います。あとはチェスタトンの系統の逆説の趣向の作品ですね。日本でいうと連城三紀彦とか泡坂妻夫といった作家が、直接的な影響というところでは大きいです。
――それらの作家はおいくつの頃に読まれたのですか。古いものから時系列順に読まれて現代作家にたどり着いたわけですよね。連城さんはぎりぎりご存命だったのでは。
夕木:時系列に読んで、20代に入るくらいの頃だと思います。たしかに、連城さんはご存命でした。
――チェスタトンもお好きなんですね。夕木さんのデビュー作の『絞首商會』のエピグラフには、『木曜日だった男』からの引用がありますね。好きな作品なのですか。
夕木:ミステリとして優れていると思うのはやはりブラウン神父ものの1冊目、『ブラウン神父の童心』なんですけれど、好みでいうと『木曜日だった男』ですね。個人的に自分が面白く思うミステリって、現実によるものからお話が始まっているのに、それを組みあわせていくうちに自然と現実から逸脱してしまうところに重きを置いているんですね。チェスタトンの『木曜日だった男』はまさにそういう長篇です。現実を舞台にしていながら、奇妙な論理などによって、現実にあるものの組み合わせが非現実的なところに帰着してしまうという。
――泡坂さんと連城さんの作品ではどれがお好きですか。
夕木:泡坂妻夫は短篇なら『亜愛一郎の狼狽』だと思います。連城三紀彦はどれかひとつと言われたら、やっぱり『戻り川心中』を挙げますね。
――どちらもミステリとしてのアイデアが素晴らしいですが、『亜愛一郎』はユーモラスな作風で、『戻り川心中』は流麗な文章ですよね。
夕木:連城作品はあの文章の美しさがないと、あの逆説的な部分の説得力が出ないはずなんですよね。僕はミステリ的なアイデアと小説的なものが不可分になっているものが好きで、連城さんはその典型かなと思います。
――ミステリ以外で、印象に残っている作品はありますか。
夕木:三島由紀夫の『豊饒の海』はすごく鮮烈でした。作者の意図をどこまで汲み取っているかは自信がありませんが、ただ、あれはある意味アンチミステリ作品に通じる強烈な酩酊感を抱かされるんですよね。 それと、書き手として影響を受けてよいお話ではないかもしれませんが、大西巨人の『神聖喜劇』。明確なストーリーがありつつ、そこから脱線とはまた違うんですけれど、ひたすらディテールが積み上げられていく。延々と異常に解像度が高いお話なんですよ。どうすればこれが書けるのかまったく分からない、みたいな作品なんです。それと、稲垣足穂の『一千一秒物語』も好きです。
――あ、足穂は意外な気がします。
夕木:大正時代に発表された作品だからというわけではないんですけれど、僕が惹かれていたロマンティシズムみたいなものが一番純粋な形で結晶化された作品だと思います。論理もなにもない散文詩のような、でも一応お話である、みたいな作品ですけれど、それがすごく心地よかったんです。もしかしたら人生で読み返した回数ではいちばん多いかもしれないです。デビュー前にオマージュ作品を書いたことがあるくらいです。モチーフを借りて、それに似たようなものを書きました。今後世に出す機会があるか分からないですけれど。
――そうなんですか! この先そうした作品も書いていきたいというお気持ちは。
夕木:そうですね。自分の原体験が、ロジカルではない、いわゆる変格ミステリなので、そういうものに対する思い入れはあります。
――20歳くらいの頃に、家を出られたのですね。
夕木:いろいろ状況が整って出られるようになった感じです。まあ、あんまり人生に対して気力があったわけでもなかったんですけれど、とにかく家は出たかったんです。アルバイトをしつつ、本を買い込んでそこに籠って読んで、なるべくお金のかからない生活をしていました。
――その頃はどんなものを読まれていたのでしょうか。
夕木:SFも、アーサー・C・クラークから読み始めて、古典のめぼしいものを順に読んでいくという感じでした。
――『幼年期の終り』とか『2001年宇宙の旅』とか?
夕木:そうですね。
――そういえば夕木さんの作品にも、SF作品が登場しますよね。ヴォネガットの『タイタンの妖女』とか、オーウェルの『一九八四年』とか。
夕木:そうですね。『楽園』で『タイタンの妖女』、『十戒』で『一九八四年』に触れていますね。他にSFで印象に残っている作品でいうと、ティプトリーの『たったひとつの冴えたやりかた』。あれも、ある種の論理を突き詰めた先にああいう結末に至るんですよね。論理と情緒が組み合わさったお話、みたいなところがあると思うんです。
――夕木さんの作品には他にも実在の小説が結構登場しますよね。
夕木:具体的な意味を持って出している場合もあれば、いわゆる雰囲気づくり程度であることもあります。
――きっと、それをきっかけに「この作品も読んでみようかな」と思う読者の方もたくさんいると思います。
夕木:僕もそういうことをきっかけに本を手に取ったりするので、その期待はあります。
――ところで、ひとり暮らしを始めたということは、漫画やアニメや映画やゲームも好きなだけ楽しめるようになったわけですよね。
夕木:その頃に漫画と映画は結構いろいろ触れました。漫画だと、少し前に完結した市川春子さんの『宝石の国』が好きでした。これは別に意識していたわけではないんですが、漫画も結構、現代を舞台にしていないものを手に取ることが多かったかもしれません。漆原友紀さんの『蟲師』も好きです。
――海外ミステリはチェスタトン以外、なにか好きな作品はありましたか。
夕木:黄金期以降の海外作家はちらほら読んではいるものの、日本人作家の作品ほどはしっかり読んでいないかもしれません。それこそ逆説の話でいうと、デアンドリアの『ホッグ連続殺人』は大好きですね。
クイーンなんかは代表作といわれているものは結構読んだと思います。いわゆる意外な推理を主眼にしたミステリというものがあるということは、『ローマ帽子の謎』を読んではじめて理解したんですよね。あれはクイーンの中ではそんなに名作とは言われていないんですけれど。ロジックを中心にしたミステリがあるんだということを理解するきっかけになりました。そういう意味では自分の中では重要な作品です。
――ミステリのガイドブックなどは読みましたか。
夕木:読みましたね。そこで紹介されている海外の古典を一通り読んでいったんですけれども。まあ、そのせいでクリスティーの『アクロイド殺し』はネタバレを喰らいました。その頃のものって、いろんな本の中で遠慮なしにネタを割っていたりするんです。
2012年くらいに文春の『東西ミステリーベスト100』の改訂版が出たのでそれを買って、まだ読んでいないものを探したりもしました。
――そこから見つけた本は面白かったですか。
夕木:そこから知った好きな作品だと、稲見一良さんの『ダック・コール』などがあります。おそらく、ランキングで目にしなければ手に取らなかった作品です。
――それから、実作を始めたわけですね。
夕木:20歳過ぎくらいに初めて短篇を書き、数年して、有栖川有栖先生の創作塾に申し込みました。そこではじめて本1冊分を書き、その後メフィスト賞に応募する、という流れです。
――ということは、その頃には時代順読書で新本格にたどりついていたわけですね。どんな印象を持ちましたか。
夕木:はじめて新本格を読んだ時、ぐっとゲーム性が上がったというか、ちょっと雰囲気が変わったなと思って戸惑ったんですけれど、戸惑わずにすっと読めたというか面白いと思ったのが、有栖川さんと京極夏彦さんの小説でした。その後、いろいろ読んでいくうちに新本格といわれているものも面白いと思うようになったんですけれども。
――どの作品がお好きだったのですか。
夕木:有栖川さんは、理由を挙げると最初に読んだからなんですけれど、『孤島パズル』が好きです。本格としての面白さと小説的な面白さがバランスよく盛り込まれている作品かなと、今になって思います。
京極さんは『姑獲鳥の夏』から読みましたが、好みでいうと『狂骨の夢』が大好きなんです。これはミステリに特有と言っていいのかは難しいんですけれど、ある種の酩酊感があるというか。現実を積み上げていった上での現実崩壊感みたいなものがある作品として、『魍魎の匣』と『狂骨の夢』の2作品が自分の中では強く印象に残っています。
――そうして新本格を読むうちに、有栖川さんが創作塾を開いていると知って申し込まれたわけですね。どんな講座だったのでしょう。
夕木:お互いの作品を読んで合評する、という形でした。本を1冊分完成させられたのは、そこに行ったことがすごく大きかったと、今になって思います。その頃書いていたものが、『時計泥棒と悪人たち』という連作短編集になっています。
――あ! やっぱりそちらが先なんですね。メフィスト賞を受賞されたデビュー作の『絞首商會』は、登場人物たちがすでに過去にいろいろ事件を経験していると思わせますよね。その後刊行された『時計泥棒と悪人たち』で、それらの事件が具体的に分かるという。これらの作品は大正時代が舞台です。小説を書き始めた時からすでに大正時代を舞台に選んでいたのですか。
夕木:そうですね。それこそ10代の頃は読書によって大正時代に生きていた感覚があったので、小説の舞台を選ぶ時、自分の中ではそれが自然でした。
まず、乱歩が大正を舞台にしているし、『ドグラ・マグラ』なんかも大正が舞台だったことが大きいと思います。まあ、自分が書いているものは、今後話が進んでいけば昭和に入っていくかもしれないです。
――当時の生活とか服装とか人々のボキャブラリーとか、相当調べてお書きになったのかなと思ったのですが。
夕木:本を読んでいるうちに自分の中にできた大正時代をベースに構想をたて、調べる必要の生じた事柄の資料を集める、という手順をとることが多いです。
調べものに関しては、最近は国会図書館のデジタルコレクションが非常に便利になって、当時の家庭向けの料理本なんかがそのまま全文見られるんですよね。非常に調べやすい時代ではあると思います。
――当時からシリーズ化を考えていたのですか。
夕木:特になかったです。そもそも最初に書いた『時計泥棒と悪人たち』も、連作短篇集にするには長すぎますよね。商業的なことをまったく考えずに書いたのでああいう形になったんです。
――『絞首商會』は、秘密結社「絞首商會」と関わりがあると噂される博士の刺殺体が、自宅の前で見つかるところから始まります。遺体は不可解なことだらけで、故人の身内から調査の依頼を受けたのが、元泥棒の蓮野という男...。この作品はどこに出発点があったのですか。
夕木:念頭にあったのはチェスタトンです。ネタに触れてしまう部分が最初にあって、そこからアイデアがちょっとずつ組み合わさってああいう形になりました。
――『絞首商會』『サーカスから来た執達吏』、『時計泥棒と悪人たち』、『サロメの断頭台』は、同じ世界観を持つ作品で、共通する登場人物もいますよね。晴海商事の晴海社長とか、元泥棒の蓮野とか、画家の井口とか。どの作品にも登場するのは晴海です。どのようにキャラクターが生まれていったのですか。
夕木:たとえば蓮野の「元泥棒の探偵」という設定は、『時計泥棒と悪人たち』の一話目の「加右衛門氏の美術館」という短篇に、建物に忍び込む人物としてそういうキャラクターが必要で作ったんです。他の人物も、いわゆるミステリとしてのアイデアに合わせて作ったもので、ちょっとずつキャラクターが増えていきました。『絞首商會』はそれらの登場人物に合わせて事件を考えたところがあります。
――キャラクターがみんな実に魅力的なんですが、事件にあわせてキャラクターが作られていたわけですね。
夕木:ある種、事件にあわせてキャラクターを考えるというのは、必然的に魅力的なキャラクターになりうると思うんです。その事件に対して最良のキャラクターを考えるわけですから、そのキャラクターがいちばん生きることになるのかなと思います。
――『サーカスから来た執達吏』は、莫大な借金を背負った樺谷家に、晴海商事から取り立てに来た執達吏のユリ子と、樺谷家から担保として差し出された三女の鞠子が、借金返済のための財宝探しを始める物語です。これは『絞首商會』の続篇として書こうと思われたのですか。
夕木:世界観は『絞首商會』と共通ですが、一応、探偵役のキャラクターなどは一新されたものなんです。
――こちらのエピグラフは『モンテ・クリスト伯』ですよね。読めば「なるほど」と思います。無実の罪で長年獄中にいた男が脱獄し、復讐を進めていくあの名作です。
夕木:作中人物の境遇が若干伏線のような、そうでもないような感じで入っています。知っている人はピンとくるかもしれないです。
――この作品は探偵役のユリ子がめちゃくちゃ魅力的ですよね。飄飄としていて、身体能力抜群で、文字は読めないけれどものすごく計算が得意で...。どのように生まれたのでしょうか。
夕木:これはデビュー前から別のプロットのために考えていたキャラクターなんですが、結局そちらのプロットはまだ実現しておらず。あのようなバックグラウンドを持ったキャラクターが必要な物語をひとつ、プロットとして持っているんです。第2作としてちょうどよい長さでまとまる本格ミステリを書くとなった時に、じゃああのキャラクターを使って書きましょうとなって、できあがったのが『サーカスから来た執達吏』です。
――大正ものの最新刊となる『サロメの断頭台』は、それこそ『サロメ』がモチーフで、エピグラフもオスカー・ワイルドの『サロメ』からの引用ですね。画家の井口がオランダの美術収集家から、自分の未発表の絵とそっくりな絵をアメリカで見たと聞き、蓮野とともに盗作犯を探すうちに『サロメ』になぞられた連続殺人事件が発生する。
夕木:『サロメ』というモチーフが決まったのは書いている途中でした。
先に動機を思いついて、それに合わせて書いている途中で見立て殺人にしようと思って、首が斬られるから、じゃあ『サロメ』だなとなり、結局タイトルにも持ってくることになりました。
本格ミステリを書く時には、どこにたどり着きたいかは決まっているんですけれど、その過程のアイデアは浮いていることが多いんです。特に『サロメの断頭台』の時は、本来なら事前に考えておくべきアイデアを途中から継ぎ足した、みたいなところがありました。
――この大正もののシリーズはユーモアもたっぷりありますよね。彼らの会話がとっても楽しいです。
夕木:笑えるお話も好きなんです。内田百閒の随筆とか。
――あ、『阿房列車』とかですか。
夕木:そうです。あとは、三島由紀夫も『不道徳教育講座』のような軽いエッセイだとある種の逆説や笑いがあって面白いんです。山田風太郎や坂口安吾もそうですね。そのへんの時代の作家のエッセイは昔から好きなので、その影響もちょっとありますね。
――三島由紀夫は先ほども名前が挙がりましたが、内田百閒なども読まれていたのですか。では、当時の芥川とか谷崎とか川端のような、ミステリ以外の作家も読まれていたのですか。
夕木:そうですね。読み込んだのは三島由紀夫ですけれども、他の作家もつまみ食いのように読んでいます。谷崎潤一郎は『痴人の愛』とかは非常に面白かったですね。坂口安吾は、創作以上に随筆を熱心に読みました。
――話を大正もののシリーズに戻しますが、おかしみのある会話だけでなく、芸術に対する考え方とか、無政府主義などに対する考え方など、それぞれの思想や価値観が語られる場面も多くありますよね。そういうやり取りもすごく面白いです。
夕木:結末が決まった時にそれに付随するものとして思いついた部分もあれば、書きながら決まってくるところもあります。基本的には、作中で明確にあるメインテーマに対して、関連する議論をちりばめていっている感じのことが多いです。
――女性たちも魅力的です。ユリ子もそうだし、『絞首商會』や『サロメの断頭台』に登場する井口の妻の紗江子、紗江子の姪の峯子も生き生きとしていますね。二人とも、時に大胆な行動に出ますよね。
夕木:古典をいろいろ読んでいた時期に少女小説も結構読んでいたんですが、影響元としていちばん明確にあるのは『赤毛のアン』です。モンゴメリが好きなんですよね。『丘の家のジェーン』とかも好きです。人物描写のお手本ととして、いまだにモンゴメリは意識していますね。ちょっとだけ出てくる人についても、少ない描写でものすごく人柄が伝わるんです。本格ミステリをやりながらも、ああいうふうに人物描写できたらいちばんいいだろうなという理想は持っています。ユリ子を書く時にはわりと直接的に意識していたと思いますね。
あとは久生十蘭に『キャラコさん』という連作短篇があるんですけれど。これはややハードボイルドになった『赤毛のアン』みたいな(笑)。今読んでもすごく面白い作品だと思っています。
――峯子さんに関しては、大正時代の女性の自立問題も垣間見えます。フィクサー的な存在でもある晴海商事の晴海社長は、『サロメの断頭台』で峯子ちゃんに自立を促しているフシがありますよね。
夕木:そうですね。時代ものを書いていて難しいのは「こんな時代にこんな人いない」みたいに言われることですけれど。確かに、あまりにも現代の価値観で当時の時代を描写するのはよくないと思う部分もあります。でも一方で、どんな時代にもどんな人もいたんだよなと思う部分もあるんですよね。なので、その時代の枠組みの中で、いろんな価値観の人を書けたらいいなという思いがあります。時代性というものを尊重しつつ、当時でもありえた、当時は一般的ではなかった価値観も書けたらいいなと思っています。
――どの作品も基本的に、名探偵が登場するというより、主人公たちが事件に巻き込まれる形が多いですが、それはこだわりがありますか。
夕木:謎を解くことを目的ではなく手段にしたいと思っているので、探偵の動機というものを考えることは多いです。探偵役に謎を解く以外の目的があって、その過程で謎を解かないといけないという形で話を進めたいと思っていて。そうすると必然的に、探偵役が事件の当事者になる形になるんです。なので、作中に探偵役はいるけれど、探偵はいない感じですね。
謎を解くことが目的であるというのは、ひとつ現実から外れた設定になるんですよね。であれば、それを用いずにお話を構成できないかと思っています。読者としてはそんなにそれを求めていないんですが、書く時にはそういう角度から考えることが多いです。
――目的のための手段として謎を解かざるを得なくなるといえば、2022年刊行の『方舟』です。現代が舞台のクローズドサークルものですが、非常にひねりのある設定です。これはどのように生まれたのですか。
夕木:『方舟』が生まれたのは、なんといっても『サーカスの執達吏』の売り上げを踏まえてのことなんですけれども。その時、次作として「原稿用紙400枚程度」「舞台は現代」「最後に驚きがあるもの」...という感じのお題をいただいたんですね。編集者がどういう意図でそう言ったのか、いま僕の口からは正確には再現できないんですけれども。
もともとシチュエーションに関するアイデアは持っていたので、それらの提案を受けて、じゃあ舞台にするのはこんなところで、などとあてはめていってプロトタイプを作り、「じゃあそれでいきましょう」ということになりました。
――山奥の地下建築に複数の男女が閉じ込められる。浸水するなか、脱出するには誰かひとりを犠牲にしなければならない状況下で殺人事件が発生。みな、犯人が犠牲になればいいと考える。生き残るために殺人犯を見つけるという、めちゃくちゃ切迫した特殊な状況ですよね。
夕木:僕の場合は、何か特殊な状況を設定し、その状況でしか起きないことを探すという順序でアイデアを考えることが多くて、『方舟』もそうかなと思います。シチュエーションになにか特殊性があったら、そこで起きることも必然的に特殊なことになりうるし、それがミステリのアイデアとして機能するものになることが多いので。現代ものはそういう順序で考えていると思います。
――何を話してもネタバレになりそうですが、『方舟』を書いた時に、『十戒』『楽園』の構想はあったのですか?
夕木:当初は『十戒』『楽園』の予定はまったくなかったです。本当に、とにかく泥縄式というかライブ感というかで書いていました。
――「方舟」というと『旧約聖書』に出てくる「ノアの方舟」ですが、これはたまたまだったのですか。
夕木:たまたまですね。もともとの宗教体験で聖書的なものにはやや馴染みがあるんですけれども。でも構想段階では、「方舟」をピンポイントで考えていたというよりは、漠然と黙示録的なものを考えていました。
――『方舟』は大・大・大評判となりました。
夕木:おかげさまで、これまでよりは文化的な暮らしができるようになりました。
――そこから同趣向のものとして『十戒』や『楽園』を書きましょうということになったのですか。
夕木:内容も何もないうちに、『十戒』や『楽園』で何か書きましょうというお話しだけしました。その頃ぼんやり考えていたシチュエーションのアイデアが『十戒』というタイトルに合いそうだったので、そこから考えました。
――『十戒』は男女が複数集まった孤島で殺人事件が発生、しかし何者かが「この島にいる間、殺人犯が誰か知ろうとしてはならない」ということのほか、いくつかの戒律を課してくる。
夕木:犯人を見つけてはいけないというシチュエーションが戒律を課されている状況に重なるので、これを書いて『十戒』にすることにして、書き上げたら、「じゃあ『楽園』も書きましょう」ということになって。
――最新刊の『楽園』ではある場所に閉じ込められた主人公らが、まず、「一人殺せば脱出できる」という状況になります。
夕木:やはり最初にシチュエーションを決めました。そうすると、「このアイデアをやるならこうあるべきだ」という条件も自然と決まっていくので、その条件を満たすものを必死で探すという感じです。
――大正もの、現代ものと発表されて、今後はどんなものを書いていきたいですか。
夕木:ミステリとして理想だなと思っているのは、物語的なものと、いわゆるミステリの論理的なものが不可分になっている小説ですけれども、そのどちらがどちらかのためにあるのか、読者目線では区別がつかない状態になっているところを目指しています。
――どこの時代、どこの場所であろうと?
夕木:そうですね。心が大正時代に生きていたので大正時代ものが書ければと思っていましたが、『方舟』で現代ものが描けたので、まあ、あまり自分に何が書けるのかは決めないでおこうかなと。
――ああ、確かに現代ものでは電子機器なども絡んでくるので、大正時代を舞台にしたら成立しませんよね。一方で大正ものでは、戦争や関東大震災も関わってきますよね。
夕木:自分の実力でどこまでできるかということはあるんですけけれど、やっぱり、その時代である必然性というものは常にほしいとは思っているんですよね。現代なら現代の、大正なら大正の必然性がほしいなというのはあります。
――その後、読書生活に変化はありましたか。
夕木:昔ほどは読めなくなりました。やっぱり資料として読むものの比重が増えてしまいました。それに小説を読むにしても、構想段階でアイデア被りを確かめるために読むことが多くなりました。いわゆる純粋な読書というものは昔より減ってしまったとは思います。
それで最近ちょっと思い立って、乱歩の『黒蜥蜴』を読み返して、やっぱり面白いなと思ったりして。時々息抜きするように、そういう読書をしています。
――資料として読んだものの中に、面白かったものはありましたか。
夕木:『縛られた巨人』という、南方熊楠の伝記は非常に面白かったですね。
――え、熊楠関連のなにかをお書きになる予定でも?
夕木:いいえ、何を調べようとしたのかは憶えていないんですけれども、南方熊楠は明治、大正、昭和を生きた人なので、そういう資料のひとつとして読んだんだと思います。
――いま、一日のタイムテーブルはどのようになっていますか。
夕木:今は来年東京創元社から出る長篇を書いているところなんですけれども、起きたら食事をして机に向かい、疲れたら出かけて外で書いたりもして...。だいたいその繰り返しです。ルーティンというほど規則正しくはないですが、現状はそういう執筆期間になっています。
――東京創元社ということは、はじめて講談社以外の版元で書くわけですか。では、これまでの作品とのリンクはなく?
夕木:ないです。あらすじが非常に説明しにくいお話なんですが、船舶ものといえば船舶ものです。明治の終わりから大正あたりを舞台にしていて、分量はやや多くなると思います。『楽園』のネタバレページで仮題も公開したので言っておきますと、『審判』という仮題がついています。カフカと同じ『審判』ですが、カフカは絡まないです。
――晴海やユリ子たちの話もまたお書きになるのですか。
夕木:そうですね。今講談社で相談しているお話がそれになる予定です。