茶碗が彩り、母とのドラマ 青来有一
母の思い出の有田焼の御飯茶碗(ごはんちゃわん)の高台が、V字に欠けていました。藍色の濃淡の丸い点はなにか花らしく、茎と葉を思わせる細い線で結ばれています。図案化したその模様はモダンに感じられ、生地が薄く優美だったので、蓋(ふた)つきの上品な小鉢として使ってきました。
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8年前、ひとり暮らしの母に物忘れなど認知症の症状がはっきりしてきた頃、仕事終わりに母の夕食と入浴を見守るため、実家に駆けつける日々を続けていました。
母を身近で支えてくれていた母の友人の女性が通えなくなり、今後の暮らしをどうするのか、介護保険のケアマネジャーとも話をして、朝や昼はヘルパーを派遣してもらい、夜も同じくお願いするつもりでしたが、母の強い希望もあり、介護サービスのひとつの宅配の弁当を利用して、なんとか食事は自分ですませるといった状況でした。
本人はひとりで大丈夫と頑固に言い張りましたが、やはり心配です。機嫌を損なわないように、総菜や野菜を追加で買って行き、母とできるだけ一緒に食卓を囲むように工夫をしました。
宅配の弁当は味も良く、栄養バランスもしっかりしていて、89歳の母が食べる量も十分でしたが、目先を変えるため、小鉢や皿に総菜を移して盛りつけ、別に買った野菜のサラダや、総菜、デザートなども小皿に盛って食卓にならべました。
「今日は、ごちそう!」と母は食卓を見て歓声を上げ、いつもは乏しい表情が笑顔になります。豚肉とナスのみそ炒めだったと思いますが、やはり、皿に移して温め、刻んだ青ネギを散らしたら、目を輝かせ、すごい勢いで食べ始め、今でも思い出しては笑いがこみあげてきます。
食後のデザートとして、カボチャのサラダにミニトマトを添えてよそったのが、その蓋つきの有田焼の藍色の染付(そめつけ)茶碗でした。
蓋を開けた母は、赤とオレンジ色の鮮やかな対比を「きれか(きれい)」と大喜び、スプーンで甘いカボチャを口に運び、熱いお茶をすすって満足しきった表情でした。
正直に言えば、料理の彩りや盛り付け、食卓の雰囲気でそんなにも食欲や気分が変わるとは思っていませんでした。母の体重はまもなく少し増え、見た目もちょっとふくよかになり、今となっては晩年の母との、最もゆったりとした幸せなひとときの思い出です。
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母が亡くなった後、実家の食器はほとんど処分しましたが、有田焼のその蓋つきの染付茶碗は愛着もわいて持ち帰ってきました。今年の夏には湯剥(ゆむ)きしたトマトの冷たい出汁(だし)浸しをそこによそったりもしました。
不思議なのは、中身がなにかわかっていても、蓋をとった瞬間、楽しいこと。器ひとつの演出で暮らしの中にささやかなドラマが生まれ、そのワンシーンがくっきりと記憶に刻まれていきます。
今はもう実家もありませんが、時々、父と母はまだあの家で食べたり、しゃべったり、笑ったりして、おもしろおかしく暮らしているようにも感じます。=朝日新聞2026年9月24日掲載