巨人?小人?ゆらぐ自画像 青来有一
ベッドに横たわった女性が白い布にくるまり、虚(うつ)ろな目で宙に視線を漂わせている……。その女性が大きい。巨人なのです。それとも、かたわらに立つ人間が小さいのか。テレビでちらりと見た映像が気になり、芸術の鑑賞というよりも、奇妙で風変わりな見世物(みせもの)をのぞきにいくつもりで、東京を訪れたついでに立ち寄ったのは、オーストラリア出身の現代彫刻家、ロン・ミュエクの展覧会でした。
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ロン・ミュエクの作品はそこに現実の人間がいると感じるほど細部までリアルに造りこまれています。
作者自身の顔だという〈マスクⅡ〉。展示台に頬(ほお)を押し当て、目を閉じて眠っている男の顔。肌の質感などホンモノそっくりです。青ざめた肌、目じりや皮膚のシワ、鼻のぶつぶつとした毛穴、ひび割れた唇。髪の毛やヒゲなどは一本一本植えこんだのでしょう。しかも、目鼻も耳も唇も大きい。実物よりもずっと巨大。面長の顔は1メートル以上ある巨人の顔。ただ、顔の裏側はお面のようにえぐられています。
別室には子どもの背丈ほどもある大きな頭蓋骨(ずがいこつ)が天井近くまで山積みにされていました。すべての作品が大きいわけではなく、背中に羽が生えた男性の小さな天使もいましたが、やはり、リアルで大きな人物像の存在感に圧倒されます。現実のスケール感がゆがみ、巨人の国に迷いこんだガリバーのような気持ちにもなるのでした。
最初にテレビでちらりと見て興味を掻(か)きたてられた《イン・ベッド》も、全長が6・5メートルの巨大な白いベッドに横たわった大きな女性像でした。ベッドや毛布のような柔らかい布の質感も再現され、硬い素材の彫塑(ちょうそ)とは思えません。
白い寝具から右肩と右腕を露(あら)わにして頬をおさえ、憂いの表情で視線を漂わせています。
まわりにはちょうど子どもたちが集まり、写真撮影などでにぎやかで、むしろ、彼女がリリパット(小人の国)で目覚めたガリバーのように困惑しているのでは、とも感じました。「ここはどこかしら?まだ夢の中なの、小さな人間がまわりで騒いでいるけれど……、見ないようにしなくちゃ、目を合わせないように。悪夢なら早く目覚めたいわ」などといった嘆きが聞こえてきそうで、一瞬、この現実の当たり前の大小のスケールがゆらぐというのか、戸惑うというのか、奇妙な気持ちになりました。ロン・ミュエクの技量にみごとにはまったということなのでしょう。
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スウィフトのガリバー旅行記には、巨人の国から帰ってきたガリバーの後日談が記されています。巨人を見慣れたガリバーは、自分と等身大の人間が小さく感じられ、リリパットに来たように錯覚しました。自分と同じサイズなのに行きかう人々を踏みつけそうな気がして「どけ、どけ」と怒鳴り、錯覚が解けるまでずいぶん尊大にふるまったようです。
自分自身のほんとうの大きさを理解するのはとても難しいことなのかもしれません。=朝日新聞2026年8月29日掲載