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「父たちのこと」 経験を定着させようとする意志 朝日新聞書評から

評者: 梯久美子 / 朝⽇新聞掲載:2026年10月31日
父たちのこと 一九四四年のクラスメイト 著者:阿部 公彦 出版社:講談社 ジャンル:軍事

ISBN: 9784065441398
発売⽇: 2026/07/23
サイズ: 13.7×19.5cm/320p

「父たちのこと」 [著]阿部公彦

 子が親を知る。それは何とはるかな道のりであることか。本書を読んで、しみじみそう思った。
 東大教授で英文学者の阿部公彦が、海軍の主計官だった父が書き残した記録をもとに「父たちの戦争」を描いたノンフィクションである。
 父・阿部克巳は1943年に20歳で海軍経理学校を卒業、翌年戦地に赴いた。同期51名のうち20名が戦死。88歳で亡くなった父を著者は〈その短いとは言えない生涯を、一年半ほどの軍隊での経験と、とくに艦上での数カ月の出来事を生き直すために費やしたようにも思える〉と書いている。
 モノとコトに即し、夾雑(きょうざつ)物を排した父の文章に呼吸を合わせるように、息子が記す地の文も簡明にして客観的。大状況を語ることはせず、若い士官が直接その目で見た事実を積み重ねていく。
 印象的な場面はいくつもある。前月まで乗艦していた駆逐艦が轟沈(ごうちん)し、ともに過ごした200人が目の前で一瞬にして火柱となった光景。1944年12月、混乱を極めるマニラから脱出する際、飛行機の席が足りず階級が下の者から降りろと言われた時のこと。重苦しい沈黙の後に妻子がいるであろう兵曹長2人が立ち上がり、若くして中尉だった父は残った。〈生き残った克巳は「自分が死ななかった死」を抱えて生きていくことになった〉と息子は書く。
 今年60歳の著者は戦闘を経験した父親を持つ最後の世代である。本書には貴重な証言が含まれるが、それにも増して読む者を圧倒するのは、父の経験を自らの手で定着させようとする意志だ。父による記録は詳細で信憑(しんぴょう)性が高いが、著者自身が調査を尽くし記述に精魂を込めなければここまでの作品にはならない。
 それでもなお分からなさは残る。父の発見とは、父たちの世代との埋めがたい距離の発見でもある。だが、理解するとはそういうことなのかもしれない。対象との距離がゼロでは、カメラが焦点を結ばないように。
    ◇
あべ・まさひこ 1966年生まれ。東京大教授。英米文学研究と文学一般の評論を行う。「荒れ野に行く」で早稲田文学新人賞、『文学を〈凝視する〉』でサントリー学芸賞。『英詩のわかり方』『小説的思考のススメ』など。