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半藤先生の「昭和史」で学ぶ非戦と平和――名著「昭和史」を近現代史学習の基本図書として再編集

記事:平凡社

「半藤先生の『昭和史』で学ぶ非戦と平和」シリーズ
「半藤先生の『昭和史』で学ぶ非戦と平和」シリーズ

「昭和史」シリーズの著者・半藤一利氏
「昭和史」シリーズの著者・半藤一利氏

今、昭和史を学ぶということ

 全8巻となるこのシリーズは、半藤一利さんの『昭和史 1926-1945』『B面昭和史』『世界史のなかの昭和史』のいわゆる〝昭和史三部作〞に、『昭和史 戦後篇 1945-1989』を合わせた4冊を、それぞれ2分冊にして全8巻としたものです。若い人たちが昭和の歴史を学ぶための副読本として活用できるよう、より読みやすく活字を大きくしてふりがなを増やし、それにともなって判型も拡大されています。

 もともと、授業形式で著者が語り下ろした『昭和史 1926-1945』が2004年に、続篇『同 戦後篇 1945-1989』が2年後に刊行されました。やや間をおいて、こんどは著者が筆をとり、庶民篇ともいえる『B面昭和史 1926-1945』が2016年に、世界史篇として『世界史のなかの昭和史』が2018年に、雑誌の連載をまとめて刊行されました。足かけ15年間を費やした4冊は、著者の長年にわたる昭和史研究の集大成ともいえます。

なぜ日本は愚かな戦争をはじめたのか。「底なしの無責任」がひき起こした過ちを繰り返さないために、今こそ読み直すべき昭和史。半藤一利著『戦争の時代 1926-1945』(上下巻、『昭和史 1926-1945』を再編集、2023年4月刊)
なぜ日本は愚かな戦争をはじめたのか。「底なしの無責任」がひき起こした過ちを繰り返さないために、今こそ読み直すべき昭和史。半藤一利著『戦争の時代 1926-1945』(上下巻、『昭和史 1926-1945』を再編集、2023年4月刊)

 2006年11月、『昭和史』『同 戦後篇』は毎日出版文化賞特別賞を受賞しました。そのとき選考委員であった辻井喬さんは、講評でこう述べています。

「筋の展開の上手な作家をストーリーテラーと呼ぶ言葉があるが、半藤一利の戦後篇を含む『昭和史』2冊は見事なヒストリーテラーの著作である」
「書かれていることは正確だが、(中略)叙述の目線は一般の人の目線で平易に語られていて読みやすく、その意味ではジャーナルな感覚にも溢れている」

 クラシック音楽や落語なども、楽譜や内容は同じでも演奏する人や噺家によってずいぶん違ったものになります。同様に、歴史も語り手によって違った表情を見せるのです。辻井さんが「ヒストリーテラー」という語を用いて平易さとジャーナルな感覚に注目したように、本書は刊行されるや、堅苦しくも難しくもない、読みやすい歴史書として多くの読者に受け入れられました。

焼け跡からの復興、講和条約、高度経済成長、バブル崩壊の予兆。現代日本のルーツを知り、私たちの未来を考えるための一冊。半藤一利著『復興への道のり 1945-1989』(上下巻、『昭和史 戦後篇 1945-1989』を再編集、2023年5月刊)
焼け跡からの復興、講和条約、高度経済成長、バブル崩壊の予兆。現代日本のルーツを知り、私たちの未来を考えるための一冊。半藤一利著『復興への道のり 1945-1989』(上下巻、『昭和史 戦後篇 1945-1989』を再編集、2023年5月刊)

 ところで、なぜ今、「昭和史」を学ぶのか――。

 いま私たちは、どんな時代を生きているでしょうか。渦中にいると見えないことが多くあります。昭和を生きた人たちもおそらく同じでした。時間がたって見えてくる膨大なことは、何を語り、何を教えてくれるのか。昭和とはいったいどんな時代だったのでしょうか。

 「令和」に先立つ「平成」の30年余りをはさんで、もう一つ前の「昭和」は、約100年前の1926年にはじまって89年まで60年以上続いた、いい意味でも悪い意味でも現在の日本をかたちづくった時代でした。なぜなら昭和前半の戦争でそれまでの日本は一度、滅んだといえるからです。明治のはじまりとともに西欧に学び、真似ながらも、懸命に新しい国づくりが行なわれ、なんとか近代国家のかたちができた日本。それを、1945年の敗戦にいたる昭和の前半ですっかりつぶしてしまいました。そしてゼロから再スタートし、その歩みが現代につながっているのです。つまり近現代史、なかでも「戦争の時代」であった昭和史前半、そして敗戦からの復興を遂げた昭和史後半を、とりわけ若い人たちが知り、学ぶことは、将来同じあやまちを繰り返さないために欠かせないことなのです。

 ただし、出来事を年代順に習い、あるいは暗記するにとどまるなら、それは学んだことになりません。歴史をほんとうに学ぶとは、年号を覚えることとはまるで異なるからです。

 また昭和史へのアプローチは一つではありません。政治や軍事の動きから主な出来事を中心に追っていく方法(『昭和史1926-1945』『同 戦後篇 1945-1989』)、社会や国民の暮らしから歴史をたどっていく方法(『B面昭和史 1926-1945』)、世界史のなかで日本の動きや絡み合いをみていく方法(『世界史のなかの昭和史』)、ほかにもさまざまに考えられますが、近年、高校社会科で新たに「歴史総合」が導入されたのも、日本の動きを世界の動きと関連づけて理解する重要性に立ち返ったためでしょう。

国民の視点で「戦争の時代」をひもといていく大作。著者の少年期の体験も盛り込み、終戦までの昭和の人びとの様子を詳細に綴る。半藤一利著『戦争と人びとの暮らし 1926-1945』(上下巻、『B面昭和史』を再編集、2023年6月刊)
国民の視点で「戦争の時代」をひもといていく大作。著者の少年期の体験も盛り込み、終戦までの昭和の人びとの様子を詳細に綴る。半藤一利著『戦争と人びとの暮らし 1926-1945』(上下巻、『B面昭和史』を再編集、2023年6月刊)

 学校の授業では、教科書に沿って、年代順に主な出来事を追っていく方法が主流と思われます。ただ、それでは個別の事象を知ることはできても、縦と横に関連づけて歴史の流れを理解するのは容易でなく、だいいちあまり面白くないかもしれません。

 本シリーズは、昭和史研究に約60年間うちこんだ作家・半藤一利さんが、一から語り、書き綴った昭和のあゆみです。半藤さんは学者ではありません。昭和5年(1930)に東京で生まれ、戦中に育ち、東京大空襲では死と隣りあう体験をしました。敗戦後、出版社に勤め、戦争を指導した多くの人に直接話をききました。その過程で昭和史研究にのめりこみ、独自で調査を重ねるようになります。そして作家となり、「歴史探偵」を自称して、本書でもふれるノモンハン事件や真珠湾攻撃、終戦の日などを綿密に追った数々のノンフィクションを世に送りました。そんな半藤さんが70歳を過ぎ、初めて「通して昭和史を語る」ことに挑んだのが本書です。

昭和の日本はヒトラーやスターリンが動かす世界とどう関わったのか。アジアの「持たざる」小国の敗戦までを世界史の視点から読み解く。半藤一利著『世界史のなかの日本 1926-1945』(上下巻、『世界史のなかの昭和史』を再編集、2023年7月刊)
昭和の日本はヒトラーやスターリンが動かす世界とどう関わったのか。アジアの「持たざる」小国の敗戦までを世界史の視点から読み解く。半藤一利著『世界史のなかの日本 1926-1945』(上下巻、『世界史のなかの昭和史』を再編集、2023年7月刊)

 その試みがなされた2003年前後は、長く「同時代」だった昭和がようやく「歴史」の対象とみなされつつありました。とりわけ後半に関しては未公開史料も多く、明確な評価がいまだなされていなかった頃です。そのこともあってか、昭和全体を一人で語るという大仕事に半藤さんも最初は二の足をふみ、出版社からの依頼にも返事を引きのばしていました。しかし、過去に大学で講義した際、日本がアメリカと戦争をしたことを知らない学生が少なくなかったことに愕然とした経験も思い起こされました。また自身が抱き続けた「なぜ日本はあの愚かな戦争をしたのか」という問いに向き合うためにも、いま残さなければ忘れられてしまう祖国の戦争と復興の歴史を後世に伝えなくては、と奮起したのです。次代を担う世代が「昭和」を学ぶことなしに、未来の平和は望めない、という危惧が芽生えていたはずです。戦争が悲惨であることをいくら頭でわかっていても、世界で戦争はなくなりません。しかし、まずは知らなければはじまりません。昭和史は永遠の教訓となりうるのです。

 というわけで、本シリーズは教科書のように専門家が分担して執筆したものでなく、最新の研究成果は必ずしも反映されていません。また著者がつちかってきた歴史観がつらぬかれており、独自の人物評が言葉のはしばしに込められています。教科書と異なる部分が強調されたり、逆に教科書に載っていることが割愛されることもあります。ただし、それは長所と表裏一体なのです。

 以上を踏まえて、本書の特徴を挙げておきましょう。

1 語りであること――歴史を生きたものとして捉えられる。
 全体に親しみやすい口調で、人物の言動が臨場感たっぷりに語られているため、血の通った人間が歴史をつくることが実感できるでしょう。読みながら歴史に参加している気分にもなり、自分事として捉えることにつながります。

2 通史であること――歴史の流れと全体像がつかめる。
 一人の視点で語られたものを通読することは歴史入門として入りやすく、自分の史観をもつための訓練にもなります。「教科書と印象が違う」「なぜここにこだわるのか?」など、まっさらな頭で読み、生じた疑問を深めることは次につながります。著者が引用する小さな逸話が語ることに目を凝らし、耳を傾けることは歴史への洞察力を磨きます。

3 体験証言でもあること――当事者の思いに触れられる。
 著者がかつて生き証人に直接会っている点は、机上の学問にない強みです。加えて著者自身も当事者のため、子ども時代の体験が時おり顔を出します。「自分は現代史の当事者」であることを自覚して読めば、著者の「40年史観」でいう、二度めの「滅びの40年」の終盤にあたる現代を、客観的に考え、将来をみすえる土台になるはずです。

文=山本明子(「昭和史」シリーズ編集者)

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