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「観光地ぶらり」書評 小さな出会いから知る時の流れ

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2024年04月27日
観光地ぶらり (スタンド・ブックス) 著者:橋本 倫史 出版社:太田出版 ジャンル:エッセー・随筆

ISBN: 9784778319250
発売⽇: 2024/03/27
サイズ: 18.8×2.4cm/384p

「観光地ぶらり」 [著]橋本倫史

 「ぶらり」というタイトルに油断して散歩気分で読み始めると、時空をまたぐ大旅行に連れ出されたことに気づく。
 本書は静かに過剰だ。
 ルポの描写が、とても詳しい。連泊した旅館の献立を全部書く。喫茶店でのやりとりは、芝居のように動きまで再現する。そこに自分がいたかと、錯覚してしまう。
 引用する資料は、市長の回顧録や戦前の私小説など、アンテナの張り方が独特。「そこまで調べなくても」と後ずさりしてしまうほど、数も量もたっぷり。著者はしょっちゅうビールでひと息つくのに、こちらは酔うどころか目がさえていく。
 南は島時間の流れる竹富、北は流氷と人情の羅臼、著者のふるさと広島など、訪ねる観光地は10カ所。話を聞く相手は観光客を迎える側、土地に暮らしてきた人たちだ。
 仕事の調子はどうか、なぜいまの商売についたのか、生い立ちや家族の思い出……。小さな体験を集めることで、時代が浮かび上がる。戦争や地方の盛衰といった大きな歴史を、読者は想像することになる。
 どう質問すれば引き出せるのか、くやしくなるほど、ことばが生き生きとその人を伝える。
 曽祖父が昆布漁を始めた観光船の船長は、「手つかずの自然があるのでなくて、人が入って守ってきた」とキッパリ。温泉街のストリップ劇場の支配人は、歩く人が「皆楽しそうな顔をしてない」と嘆く。理由は全部を調べてくるから。「旅なんて経験じゃないですか」。同じ場所から見続けることで、遠く世界を見渡している。
 昭和の記憶は薄いという著者は、観光につきまとうノスタルジーに足をとられない。その上で旅に「癒やし」や「絶景」ばかり求めることへの違和感を訴える。
 地元の人が「見るものがないでしょう」と、著者を心配する場面が何度も出てくる。恥ずかしいけれど、「あなたに出会っています」というのが、いまの私の答えだ。
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はしもと・ともふみ 1982年生まれ。著書に『ドライブイン探訪』『東京の古本屋』『水納島再訪』など。