1. HOME
  2. 書評
  3. 「普通の子」書評 飛び降りたわが子は「被害者」?

「普通の子」書評 飛び降りたわが子は「被害者」?

評者: 酒井正 / 朝⽇新聞掲載:2025年01月25日
普通の子 著者:朝比奈 あすか 出版社:KADOKAWA ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784041138373
発売⽇: 2024/12/18
サイズ: 13×18.8cm/304p

「普通の子」 [著]朝比奈あすか

 大人だってかつては子どもだったのに、子どもたちの教室で起きていることは、大人には本当にわからないものだと思う。大人たちが見立てた人間関係では決して掬(すく)い取れない世界だ。それは「子どもは誰もが被害者にも加害者にもなり得る」といった言葉でしたり顔になれるほど生ぬるいものでもない。そのことを、読者は本書で思い知らされることになる。
 セキュリティーサービスの会社に勤める佐久間美保は夫と小学5年生の息子・晴翔(はると)と暮らしているが、慣れない営業部門に異動させられて心に余裕の持てない毎日だ。そんな中、晴翔が小学校のベランダから飛び降りて大けがをするという事件が起こる。誰かに強いられて飛び降りたのではないか。いじめを疑う美保に晴翔は頑(かたく)なに口を閉ざす。他の親から事実を把握しようにも、仕事に忙しく、親同士のつながりを持っていない。だが、次第に糸口が見つかり、学校を追及することになるのだが、そこに自身が経験した凄惨(せいさん)ないじめの記憶も交錯し始める。はたして、わが子は「被害者」だったのか? そもそも、わが子だけが残虐な面を持たないなんてことがあるのだろうか?
 子どもたちの間の緊張感に満ちた関係を切り取るのは、著者にとって自家薬籠(やくろう)中の物だ。世界が閉ざされたような感覚に、読んでいて息苦しくすらなる。と書いてみて、本書で描かれているのが、子どもたちの不安だけでなく親たちの閉塞(へいそく)感であることにも気付いた。安心したいばかりに、わが子の中に見たいものしか見ない親たちの描写はリアルで秀逸だ。
 美保の家庭にかすかな希望が灯(とも)るように見えただけに、ラストに心はざらつく。だが、このラストこそが真理に迫っていると思うのだ。同時に、物語を大団円に終わらせなかった著者に、問題の根深さに対峙(たいじ)する強い覚悟も感じた。著者が仕掛けた棘(とげ)は、読者にしっかりと傷痕を残したようだ。感服の一言に尽きる。
    ◇
あさひな・あすか 1976年東京都生まれ。小説家。著書に『人生のピース』『君たちは今が世界(すべて)』『翼の翼』など。