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「ゆびさきに魔法」書評 プロへの愛あふれるお仕事小説

評者: 吉田伸子 / 朝⽇新聞掲載:2025年01月25日
ゆびさきに魔法 著者:三浦 しをん 出版社:文藝春秋 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784163919195
発売⽇: 2024/11/25
サイズ: 13.2×19cm/368p

「ゆびさきに魔法」 [著]三浦しをん

 愛だ。愛があふれている! これぞ三浦さんのお仕事小説だ‼
 東京の私鉄沿線、弥生新町駅前の富士見商店街に、月島がネイルサロン「月と星」を開いたのは四年前。サロンの隣にあるのは、「あと一杯」という居酒屋だ。店主の松永も月島と同様、店舗の2階に住んでいるため、職住ともにお隣さんではあるのだが、月島は松永がネイルに偏見があるように思えて、挨拶(あいさつ)をかわすくらいでしかなかった。
 そんな二人の距離が突然縮まったのは、松永の店の常連客・大沢が、嫌がる松永を無理くり月島のサロンに連れて来たから。松永、足の親指が巻き爪になってしまっていたのだ。巻き爪、私も経験あるんですが、めちゃくちゃ痛いんですよ!
 月島の施術で痛みがとれた松永だが、やはりネイルに対する偏見があった。「爪をごてごて飾るなんて」「料理とかするのに邪魔じゃないのか」。そんな松永を一喝したのが大沢だ。
 「大将が女性のネイルアートを見て、イの一番に料理がどうこうって言うのは、『女は家事をして当然』と思ってるからじゃないですか? だとしたら頭が昭和。料理するかどうかはそのひとの勝手だし、どんな立場や性別のひとだって、ネイルしたけりゃすればいいんです」。よく言った、大沢!
 実は大沢もネイリストで、このことが縁で、大沢は月島のサロンで働くことに。
 描かれるのは、ひたすらネイルとネイリストの日々だ。派手なドラマは何も起こらない。でも、めちゃくちゃ読ませる。ぐいぐい引き込まれてしまう。そして、読み終わった後、ほわん、と幸せな気持ちになる。
 三浦さんのお仕事小説には、その仕事はもちろん、その仕事に携わるプロフェッショナルへの、深いリスペクトと愛がある。本書は、それがよくわかる一冊でもある。
 随所にさりげなくちりばめられている爆笑ポイントも、大変に良き。
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みうら・しをん 1976年生まれ。『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、『舟を編む』で本屋大賞。