1. HOME
  2. 書評
  3. コルソン・ホワイトヘッド「地下鉄道」書評 差別を体感させる言葉と語り

コルソン・ホワイトヘッド「地下鉄道」書評 差別を体感させる言葉と語り

評者: 円城塔 / 朝⽇新聞掲載:2018年01月28日
地下鉄道 著者:コルソン・ホワイトヘッド 出版社:早川書房 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784152097309
発売⽇: 2017/12/06
サイズ: 20cm/395p

地下鉄道 [著]コルソン・ホワイトヘッド/ネバーホーム [著]レアード・ハント

アメリカ合衆国は1776年の建国時から自由州と奴隷州に分かれていた。リンカーンが奴隷解放を宣言するのが1863年のことであり、日本でいえば江戸中期から幕末あたりの時代ということになる。
 1861年にはじまる南北戦争と現在との時間的なへだたりは、日本の歴史における戊辰戦争との距離感に近い。
 「地下鉄道」の語はもともと、奴隷州から自由州やカナダへ逃れようとする人々を支援した組織やその逃亡路を示した。「地下」の語は奴隷自身の移動が非合法であることを、鉄道は自由への道を意味しており、実際の地下鉄を指すわけではない。
 だがしかし、本当に地下に鉄道が走っていたとしたならばという奇想を発端として書かれたのがホワイトヘッドの『地下鉄道』であり、奴隷の少女コーラの逃亡劇が描かれる。
 発想からして虚構性の高い作品だが、扱われるテーマは重く、息苦しさに満ちている。
 人間が人間を差別するとき、当人は自分が人間を差別しているとは考えない。差別ではなく人間とは違うものとの区別だと信じて疑わない。
 他者の痛みを感じることは想像以上に難しい。作中、白人が黒人のかっこうをして演じる黒人劇の場面がある。奴隷制からの逃亡、その幇助(ほうじょ)が死罪を意味する町で、自分の過ちを認め許しを乞いながら処刑される奴隷の役を、顔を黒塗りにした白人が演じるという行為のおそろしさは本を閉じたところで消えるようなものではない。小説によってはじめて可能となる種類の力といってよいと思う。
 レアード・ハントの『ネバーホーム』は『地下鉄道』の時期からほぼ30年が経過した南北戦争期が舞台であり、こちらの主人公は、夫のかわりに兵士として戦場にでることにした女性である。
 特徴的な一人語りは背景をはっきりと示さないまますすむが、男性の兵士であるという偽りによって彼女は人間扱いされ、偽りが破れ本来の姿があらわれた時点でそれは終わる。
 奴隷であることも性の選択も自分で自由にできるものではない。自由にできないのは当然なのだという理屈を言うのは常に自由である側の人々である。
 言葉は誰が発しても同じ内容を伝えるというものではない。人間とは異なるとされた者が発する言葉は、言葉とみなされないからだ。
 だからそこでは様々な言葉や語りが工夫される。事実を目にし、耳にするだけで他人の苦しみを理解し、あらゆることは自らにも起こりうるのだと理解するだけのかしこさを、人間は備えていないのだ。
    ◇
 Colson Whitehead 69年生まれ。アメリカの作家。この本でピュリツァー賞、全米図書賞など受賞▽Laird Hunt 68年生まれ。アメリカの作家。『インディアナ、インディアナ』『優しい鬼』など。