今年のノーベル物理学賞は、カリフォルニア工科大学(カルテク)とマサチューセッツ工科大学(MIT)が共同で運営している重力波望遠鏡LIGO(ライゴ)の建設と重力波の直接観測に対し授賞されることになった。
アルベルト・アインシュタインが100年前に予言していた重力波の検証であり、また、宇宙の観測に重力波という新しい窓を開いたことも画期的だ。物理学と天文学の両分野において、今世紀最大の発見の一つと言える。
最初の観測予言
数日前には、二つの中性子星が合体したときの重力波が、ガンマ線、可視光、赤外線などの電磁波と一緒に観測されたという大ニュースもあった。宇宙の歴史の中で、金やレアアースなどの重い元素が生成された仕組みの解明にもつながると期待されている。
今回の物理学賞はカルテクのキップ・ソーンとバリー・バリッシュ、MITのレイナー・ワイスが共同受賞する。理論家のソーンは、実験家のワイスと組んで重力波観測の方法を提案し、40年以上にわたってLIGOの開発と建設を指導し、今日の成功に結び付けた。バリッシュはこれを巨大プロジェクトとして軌道に乗せた業績が評価された。
このソーンの『ブラックホールと時空の歪(ゆが)み』は、重力波にも多くのページを割いている。
20年以上前に書かれた本であるが、まったく古びていない。一昨年の最初の観測が巨大ブラックホールの合体からの重力波だったことは驚きだったが、この本ではその通りに予言されている。なぜ20年以上前に見通していたのかと尋ねてみると、観測器の性能に鑑み、これがベスト・シナリオだとおもったという答え。偉業を成し遂げたソーンの眼力がうかがえる。
陰の挫折と苦悩
私がカルテクの教授に着任した2000年には、LIGOの開発のため、すでに20年以上の年月と巨額の資金が投入されており、その成否には大学の命運がかかっていた。しかし、新任の私にとって、LIGOは謎めいた存在でもあった。
創始者の一人のはずのロナルド・ドレーバーは、LIGOの活動には参加せず、大学の片隅に小さな実験室を与えられて、1人でこつこつ研究をしていた。
ときおり教授会に現れるロビー・ボートも正体不明だった。「LIGOの初代所長だった」と聞くが、同僚たちは敬して遠ざけている。一体何があったのか。
こうした疑問にすべて答えてくれたのが、ジャンナ・レビンの『重力波は歌う』だ。カルテクに長期滞在し、研究者たちを取材し、世紀の大発見の陰の挫折と苦悩を赤裸々に描いている。
重力波の解説書ではないが、その観測に成功した現場のドキュメンタリーとして最高に面白い。私の大学でこんなドラマが起きていたとは、と驚かされた。
LIGOでは、真空の中につるされた鏡が、原子の直径のわずか10兆分の1だけ動く様子を測定し、重力波の波形を決定する。このような精密測定では、ノイズの除去がとりわけ重要だ。
川村静児は、1990年代の7年間をカルテクで過ごし、LIGOの「ノイズ・ハンター」として名をあげた。現在は日本で建設中の重力波望遠鏡KAGRA(かぐら)で活躍している。『重力波とは何か』では、重力波を追い求めた川村の研究人生が、生き生きと語られている。
ノーベル賞授賞者の発表当日、カルテクの記者会見に出席した帰り道に、LIGO担当の教授が、「来月は日本に行って、KAGRAを手伝ってくるよ。連中は、俺たちが5人がかりでやる仕事を1人でこなしているんだぜ」と語りかけてきた。
科学に国境はない。LIGOやKAGRAによる重力波天文学の発展で、宇宙の謎が解き明かされることを期待する=朝日新聞2017年10月22日掲載