ふたりからひとり―ときをためる暮らし それから [著]つばた英子、つばたしゅういち
三つ違いの夫婦、津端修一さんと英子さんの二人がほぼ80歳を過ぎてから出した本がどれも版を重ねている。菜園生活のすすめといった趣で、読むうちに二人の真似(まね)をしたくなった。
台所を大切にする。畑を耕す。友人に自家製ジャムやベーコンを送る。食器は高くても長持ちするものを買う。いやあ、ハードル高い。クリック一つでなんでも買える今、二人のように生きるには覚悟がいる。でも、だからこそ、真似たくなる暮らし方のお手本がここにある。
二人には生活を見直すきっかけがあった。日本住宅公団に勤める修一さんと、愛知県半田市の造り酒屋に生まれた英子さんが結婚したのは高度成長期。修一さんは愛知県の高蔵寺ニュータウン計画に携わった。ところが完成したのは当初とは異なる無機質な大規模団地だった。
修一さんは公団を去り、同じ場所に土地を購入。設計者が自分の手がけた町に住むのは異例だ。師アントニン・レーモンドの自邸に似せた家を建て、木を植える。里山の一部を担って町を再生する試みだった。修一50歳、英子47歳。「もう戦時中のように、何も分からないまま流されて、だんだんと悪くなるような暮らしはごめんです」(『キラリと、おしゃれ』ミネルヴァ書房)
借金は当たり前、生命保険にも入らない。楽しいことだけ考えていれば人生はだんだんよくなる、と二人は言う。「悪いことは言わない主義」が信条だ。
二人を描いたドキュメンタリー映画を観(み)に行くと、客の半分は若者だった。スローライフの先達として人気だとか。映画の制作中、修一さんは眠るように亡くなった。享年90。近著『ふたりから ひとり』は一人になった英子さんが日常を取り戻していく様子が綴(つづ)られる。「人にしてあげるとか、そんなエライことは考えない。いつもしゅうタンが言うように、人間として、最後まで自分の足で立って生きることが大事なんだと、私も思うの」。来年90歳の英子さんの言葉に、背筋がきりっとなる。
最相葉月(ノンフィクションライター)
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16年12月刊行。著者夫妻の日常を追った映画「人生フルーツ」(東海テレビ制作)はロングラン上映が続き、観客動員数20万人を超えた。=朝日新聞2017年10月15日掲載