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今村昌弘「屍人荘の殺人」 密室殺人トリックにほれぼれ

屍人荘の殺人 [著]今村昌弘

 巻を措(お)く能(あた)わず、とはまさにこのこと——。鮎川哲也賞を受賞し話題沸騰の新人・今村昌弘のミステリー『屍人荘の殺人』がそれだ。未読者からのお叱りが怖いのでネタバレは自制しておく。ともあれ一方には僻地(へきち)のペンション紫湛荘(しじんそう)を事件の現場とし、そこに人物たちが足止めされる「クローズドサークル」の古典性がある。他方、そんな足止めを余儀なくさせる「意外な」限界状況が恐ろしさに拍車をかける。なんでこんな無惨(むざん)な外界なのに、屋内でも凝りに凝った密室殺人が続くのか。
 「位相の異なる二つ」が同時に進行することで緊張と迷彩が生じるのが本作の基本運動だ。犯人の特定にはその二つを解きほぐす必要がある。読者はそれに巻き込まれる。興奮必至。
 冒頭は大学の映画研究部の夏合宿への出発を綴(つづ)るラノベ調。ところが映画撮影よりもOBのコンパ目的が明るみに出て暗雲が立ち込め、92頁(ページ)の大きな悲鳴で一挙に作品はホラーへ接続する。しかもそれがやがて本格ミステリーと調和する。ジャンル融合、しかも序破急。
 謎解きを請け負うのは大学2年の探偵少女・剣崎比留子だ。彼女が自分のワトソン役に切望するのがミステリ愛好会の大学1年葉村譲。「ホワイダニット」(なぜ事件が起こったか)に固執する前者と、「ハウダニット」(どのように事件が起こったか)にこだわる後者。これは推理の二元性だ。クールにみえる比留子にちりばめられた萌(も)え要素。純粋な推理主体にみえて決定的な黙認を行う葉村。「悪役」とみえた数人に現れる崇高な悲劇性。これらも人物設定に仕込まれた二元性だろう。超常現象が犯行に利用されることと併せ、さまざまな「2」が作品に脈打っている。「第2」の殺人でのエレベーターのトリックにも惚(ほ)れ惚(ぼ)れとした。
 消去法による「本格」的な犯人特定が終わり、気づけば大枠となった陰謀と主役男女がまだ残っている。そう、作品は続編の「2」も予告しているのだ。
 阿部嘉昭(評論家・北海道大学准教授)
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 東京創元社・1836円=9刷15万部 17年10月刊行。著者は85年生まれ。本書は「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「本格ミステリ・ベスト10」で1位に。=朝日新聞2018年1月14日掲載