生きていくあなたへ―105歳 どうしても遺したかった言葉 [著]日野原重明
おそらくは日本で最も尊敬される医師であった著者が、昨年105歳で亡くなる直前まで20時間に及ぶインタビューに応じていた。本書はその内容をまとめたものである。
読み終えて、まるで新約聖書に触れたかのような感慨を覚える。キリスト者である著者の「その深い悲しみも やがてはやさしい思いに 変わるときが必ず来ます」といった箴言(しんげん)がちりばめられ、「おわりに」ではインタビュアーの輪嶋東太郎氏が、亡くなった著者に対面したときのことを「まるで清らかな聖水を思わせるみずみずしいお姿」と表現し、「この世で、これほど透明なものを再び見ることがあるだろうか……」と独白する。たしかに本書はとても静かで霊的な雰囲気に満ち、それだけでなく死への恐怖も正直に語っていて、その目線の低さにも共感できる。まるで目の前に著者がいて、寄り添ってくれているような読後感がある。アマゾンのレビューでも「まるで聖人からお話を聞いているよう」「お守りのような物」という表現があった。
少子高齢化が進み、人生100年時代がやってくると言われ、高齢者ばかりが増えていく前代未聞の時代がやって来ている。しかしそのような社会で私たちはどう生きていけばいいのかという明確な答えは、だれにも提示できていない。だから人々はロールモデルを求め、老後についての本は花盛りだ。文学の世界では、青春を楽しむのではなく老後を楽しむことを描こうという「玄冬小説」という言葉さえ現れている。
とはいえ、老後に自己啓発本やビジネス本は似合わない。右肩上がりを望むのではなく、求められているのは穏やかな信仰的な境地なのだろう。しかし日本では過去の事件などの影響から宗教への反発がいまだ強く、社会での信仰の占める割合は大きくない。そこに本書のような、宗教と社会の間を橋渡ししていくような本の意味があるのだと思う。本書がその道筋の一環となれば良い。
佐々木俊尚(ジャーナリスト)
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幻冬舎・1080円=9刷30万部 17年9月刊行。著者は同年7月に死去。本書は亡くなる7カ月前にほぼ毎日、1カ月間、自宅のリビングで行われたインタビューがもとになっている。=朝日新聞2018年2月11日掲載