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池澤春菜が薦める文庫この新刊!

  1. 『スタートボタンを押してください ゲームSF傑作選』 桜坂洋ほか著 D・H・ウィルソンほか編 中原尚哉、古沢嘉通訳 創元SF文庫 1080円
  2. 『無常の月』 ラリイ・ニーヴン著 小隅黎、伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫 1037円
  3. 『ボルヘス怪奇譚(たん)集』 ボルヘス、ビオイ=カサーレス著 柳瀬尚紀訳 河出文庫 896円

 今回わたしがご紹介するのは、それぞれ趣の違った短編集3冊。短編集の楽しみは、バリエーションの楽しさと、自分自身のリズムで読み進められること。
 (1)ゲーム世界のお約束はすっかり共通認識として定着した感がある。その証拠に、今ではその中に入りこむ二次創作がネットをのぞけば山のように。それを、今とても勢いのある作家たちが描いたアンソロジーが本作。シニカルなユーモアから、温かな後味、現実との相克、12編のバラエティーに富んだ短編は、それぞれの作者らしい一ひねりが利いている。
 個人的お気に入りは、「ツウォリア」のユーモア、ゲームが現実を救う「1アップ」、多様化するゲーム世界での最終目的を問う「キャラクター選択」、何でも叶(かな)う幸せを描いたブラックな「救助よろ」など。
 科学が苦手だから、SFは難しいから、と忌避する人がいる。だがSFは、この世界の壁を取っ払って、より自由に物語を紡ぐためのツールなのだ(でもって科学がわからないけれどSFを読んでいる人、さらには書いている人だってたくさんいる!)。(2)はSF界の重鎮による、奇想と可能性とワンダーに満ちた短編集。未来史〈ノウンスペース〉のシリーズから、ひょうひょうとした宇宙船乗りを主人公とした「中性子星」「太陽系辺境空域」。静かに迫り来る滅亡を描いた美しい表題作。ファンタジーのお約束を逆手に取った稚気溢(あふ)れる「終末も遠くない」「馬を生け捕れ!」など、どれもページを開けば、心を宇宙の彼方(かなた)まで連れて行ってくれる。
 167ページの中に、古今東西の書物から選ばれた92の物語をつめこんだ(3)は、比類なく美しい万華鏡だ。博覧強記、知の怪物、衒(げん)学の大家ボルヘスの頭の中を覗(のぞ)くよう。短くて1行、長くても7ページほど。ただしその分「用法用量を守って服用して下さい」と呟(つぶや)きたくなるほど、濃厚濃密。あまりに濃いので、一時には読めない。シロップのように一滴ずつ、慎重に、味わいながら。知の酩酊(めいてい)感は、何にも勝る。=朝日新聞2018年04月14日掲載